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白王と黒王  作者: ブルースライム
第2章:アイゼンヴァルト王国

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第84話:二までしかない

「レンツ様。記名が終わりましたらお入りください」


 六棟目に入ったのは、聴取の三日あとである。


 書庫の者は四人から二人に減っていた。一人は病で、もう一人は本来の持ち場へ戻された。


 だが原本が出るかどうかは、人数の問題ではない。


 六棟目と七棟目は、法令の綴りである。軍務規程は四つの巻に分かれている。


 一の巻が編制、二の巻が糧秣、三の巻が賞罰、四の巻が雑則だ。


 雑則というのは、どこにも入らないものを入れる場所である。


     *


 六棟目には、いま回っている軍務規程がある。


 四の巻を出させた。八の章を開く。一の項、二の項。次の頁は、九の章。行軍中の水源について。


 半月前に参謀へ申し上げたとおりである。


 書庫の者は、私が命令書を出すのを見ていた。畳んだ跡が四つついている。参謀の字である。


     *


 一、軍務規程 四-八-三の原本を探索のこと。


     *


「四-八-三」


「そうだ」


「三はございません」


「承知している」


     *


 この者は半月、私に付いている。ないものを探していることを、とうに分かっている。


 境から上がってきた六枚は、規定によりと書いて、番号を添えている。


 誰も、開いていない。


 私は写しの束を出して、八月の一件を抜いた。


     *


 規定により火を用う。


     *


 番号は書いていない。


 規定により、とだけ書いてある。


 番号を入れたのは、その次の者だった。十月の三名の記録に、初めて四-八-三と入っている。


 最初の者は、番号を書かなかった。書けなかったのだろう。


 ただ、規定により、と書いた。次の者が、様式に流すときに番号を入れた。


 どこから取ったのか。


     *


 私は七棟目へ移った。


 書庫の者は残りたがったが、六棟目にはもう用がない。ないものは、何度開けても出ない。


 七棟目は、廃止された規程の綴りである。


 軍務規程は五十年に一度、全体を改める。改めるときに、使わなくなった条項を落とす。落とした条項は捨てずに、こちらの棟へ移す。


 二百年ぶんが、年代順に並んでいた。


     *


 四日かかった。


 五度目の改定、いまから百六十年前の綴りに、それはあった。


     *


 四の巻 八の章 三の項


     *


 私は、その頁で手を止めた。


 条文が、いま回っているものより長い。いま回っているのは一行である。


     *


 同種の事案に際しては、生者を現場より退去せしめたる上、処置にあたるべし。


     *


 こちらは、その一行のあとに続きがあった。


 私は数えた。十二行ある。


 落とされたのは、条項ではない。


 条項の後ろの十一行だけが落とされて、一行目が残った。


 残った一行が、いまも回っている。


 そして落としたときに、項番も落とした。


 だから四の八は、二までしかない。だから六枚の記録は、ないものを引いている。


     *


 私はしばらく、その頁を見ていた。


 書庫の者が、後ろから覗いた。


「ございましたか」


「ある」


「では、写しを」


     *


 私は返事をしなかった。


 十一行を読んだ。読んで、閉じた。


 それから、綴りを抱えて立ち上がった。


「写しは取らん」


「軍医殿」


「これは、私が持って上がる」


     *


 書庫を出て、坂を下りて、川を渡った。


 城の門で、私は一度立ち止まった。立ち止まった理由は、自分でも分からなかった。


 二十年、私は三行の報告を書いてきた。三行で足りないものを、先月から二度、書いている。


     *


 今度のものは、写しを取ることさえできなかった。

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