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白王と黒王  作者: ブルースライム
第2章:アイゼンヴァルト王国

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第82話:一つの村を超えない

 王都軍医寮 軍医 レンツ


 一、軍務規程 四-八-三の原本を探索のこと。


 一、期限は設けぬ。ただし進捗を三日ごとに報ぜよ。


        参謀本部 エルヴィーン


     *


 命令書は二行だった。


 二行目に期限がないのは、初めてである。軍の命令に期限がないというのは、たいてい二つのうちどちらかだ。


 急がなくてよいか、いつ終わるか誰にも分からないか。


 今度のは後者だった。


     *


 そして一行目が、おかしい。


 四の八は、疫病及び異変の処置である。私の管轄だ。開かずとも言える。


 一の項、疫病の発生を認めたるときは直ちに管区へ報ずべし。二の項、管区は医官を派し病名を定めしむべし。


 二までである。


 三の項は、ない。


     *


 私は参謀に問うた。番号の写し違いではないか、と。


 違わぬ、と返ってきた。境の記録がその番号を引いている、と。


     *


 境の六枚を借りて、私は読んだ。


 どれも同じ一行を引き写している。


     *


 一、同種の事案に際しては、生者を現場より退去せしめたる上、処置にあたるべし。


     *


 これだけである。


 何が同種なのかは、書いていない。処置が何を指すのかも、書いていない。


 そして、この一行がどこから来たのかも、書いていない。


     *


 半月かかった。


 二百年ぶんの綴りは八棟に分かれている。年ごとの目録はあるが、事案で引ける目録がない。番号で引こうにも、その番号が存在しない。書庫の者が四人ついて、端から当たった。


 出なかった。半月で八棟のうち五棟を当たった。残りは三棟ある。


 私は三日ごとに、その旨を報じた。


     *


 十六日目に、上がれと言われた。


 七枚は、持っていった。先月、参謀の命で作った写しである。日付順に重ねて、端を揃えてある。封はしていない。


 部屋には、陛下と、参謀と、王付士官がおられた。卓の上に紙が並んでいた。六枚と、様式の違うものが一枚。境から上がったものだと、後で聞いた。


「七枚か」


「はい」


「読む」


     *


 陛下は端から読まれた。


 一枚に、そう時間はかからない。書いてあるのは四つだけである。場所、日付、人数、処置済み。


 七枚を読み終えて、陛下は最初の一枚に戻られた。それから、卓に並べ直された。左から順に、古いものから。


 私は、その手つきを見ていた。私が先月やったのと、同じ並べ方だった。


     *


「軍医」


「はい」


「これを見て、何も思わんかったか」


     *


 私は答えなかった。


 答えないでいると、陛下は待たれた。参謀も王付士官も動かない。部屋が静かになった。


「思いました」


 私はそう申し上げた。


「三行、書けることがございました」


「書いたか」


「書きませんでした」


「言え」


     *


 私は七枚を指した。


「間が、短くて十九年。長くて三十六年でございます」


「二つ目」


「人数が、いずれも一つの村を超えませぬ。いちばん多いもので二十八名」


「三つ目」


 私は、そこで一度息を継いだ。


「場所が、七件とも村にございます。町のものが一件もございませぬ」


 陛下は七枚を見ておられた。


「もう一つあるな?」


     *


 私は顔を上げた。


「今度のものが、そのどれにも当てはまりません」


     *


 それを言ってしまうと、部屋の空気が変わった。


 参謀が卓の端に手をついた。王付士官は動かない。


 この者は帳簿で先に着いている、と陛下が前に言われたのを思い出した。


「間はどうだ」


「三十一年前の一件から、三十一年でございます。合っております」


「人数は」


「二十八名が、最も多うございました」


「今度は」


     *


「二十万でございます」


     *


 陛下は何も言われなかった。


「場所は」


「村ではございませぬ。国でございます」


     *


 私はそこで、自分が何を並べたのかを知った。


 三行で足りると思っていた。三行では足りなかった。三行目までは記録の話で、四行目からは記録の外の話だった。


     *


「なぜ書かなかった」


 陛下は、私の顔を見ておられた。


 参謀のときとは違う。あの方は理由を聞かないと言われた。この方は聞かれる。


「書けば、いつか誰かが読みます」


 私はそう申し上げた。


「読んだ者が何をするかを、私は存じません」


「知らんな」


 陛下は言われた。


「読んだ者が何をするかを、書いた者が知っていたためしがない」


「では、なぜ書かせるのでございますか」


 聞いてから、私は自分が聞いたことに驚いた。王に問いを返したのは初めてである。


 陛下は、怒られなかった。


「書かねば、次の者が同じところで止まるからだ」


     *


 そう言って、七枚を私のほうへ戻された。


「書け。四行でいい」


「は」


「そのうえで、原本を探せ。三棟残っているのだろう」


「残っております」


 私は七枚を取った。取ってから、一つだけ申し上げた。


「原本には、これらの者が何者であったかが、書いてあるやもしれませぬ」


「そうだろうな」


「書いていなければ」


 陛下は、そこで初めて私のほうを見られた。


「書いていなければ、二百年、誰も知らずにやってきたということだ」

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