第82話:一つの村を超えない
王都軍医寮 軍医 レンツ
一、軍務規程 四-八-三の原本を探索のこと。
一、期限は設けぬ。ただし進捗を三日ごとに報ぜよ。
参謀本部 エルヴィーン
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命令書は二行だった。
二行目に期限がないのは、初めてである。軍の命令に期限がないというのは、たいてい二つのうちどちらかだ。
急がなくてよいか、いつ終わるか誰にも分からないか。
今度のは後者だった。
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そして一行目が、おかしい。
四の八は、疫病及び異変の処置である。私の管轄だ。開かずとも言える。
一の項、疫病の発生を認めたるときは直ちに管区へ報ずべし。二の項、管区は医官を派し病名を定めしむべし。
二までである。
三の項は、ない。
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私は参謀に問うた。番号の写し違いではないか、と。
違わぬ、と返ってきた。境の記録がその番号を引いている、と。
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境の六枚を借りて、私は読んだ。
どれも同じ一行を引き写している。
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一、同種の事案に際しては、生者を現場より退去せしめたる上、処置にあたるべし。
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これだけである。
何が同種なのかは、書いていない。処置が何を指すのかも、書いていない。
そして、この一行がどこから来たのかも、書いていない。
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半月かかった。
二百年ぶんの綴りは八棟に分かれている。年ごとの目録はあるが、事案で引ける目録がない。番号で引こうにも、その番号が存在しない。書庫の者が四人ついて、端から当たった。
出なかった。半月で八棟のうち五棟を当たった。残りは三棟ある。
私は三日ごとに、その旨を報じた。
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十六日目に、上がれと言われた。
七枚は、持っていった。先月、参謀の命で作った写しである。日付順に重ねて、端を揃えてある。封はしていない。
部屋には、陛下と、参謀と、王付士官がおられた。卓の上に紙が並んでいた。六枚と、様式の違うものが一枚。境から上がったものだと、後で聞いた。
「七枚か」
「はい」
「読む」
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陛下は端から読まれた。
一枚に、そう時間はかからない。書いてあるのは四つだけである。場所、日付、人数、処置済み。
七枚を読み終えて、陛下は最初の一枚に戻られた。それから、卓に並べ直された。左から順に、古いものから。
私は、その手つきを見ていた。私が先月やったのと、同じ並べ方だった。
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「軍医」
「はい」
「これを見て、何も思わんかったか」
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私は答えなかった。
答えないでいると、陛下は待たれた。参謀も王付士官も動かない。部屋が静かになった。
「思いました」
私はそう申し上げた。
「三行、書けることがございました」
「書いたか」
「書きませんでした」
「言え」
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私は七枚を指した。
「間が、短くて十九年。長くて三十六年でございます」
「二つ目」
「人数が、いずれも一つの村を超えませぬ。いちばん多いもので二十八名」
「三つ目」
私は、そこで一度息を継いだ。
「場所が、七件とも村にございます。町のものが一件もございませぬ」
陛下は七枚を見ておられた。
「もう一つあるな?」
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私は顔を上げた。
「今度のものが、そのどれにも当てはまりません」
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それを言ってしまうと、部屋の空気が変わった。
参謀が卓の端に手をついた。王付士官は動かない。
この者は帳簿で先に着いている、と陛下が前に言われたのを思い出した。
「間はどうだ」
「三十一年前の一件から、三十一年でございます。合っております」
「人数は」
「二十八名が、最も多うございました」
「今度は」
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「二十万でございます」
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陛下は何も言われなかった。
「場所は」
「村ではございませぬ。国でございます」
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私はそこで、自分が何を並べたのかを知った。
三行で足りると思っていた。三行では足りなかった。三行目までは記録の話で、四行目からは記録の外の話だった。
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「なぜ書かなかった」
陛下は、私の顔を見ておられた。
参謀のときとは違う。あの方は理由を聞かないと言われた。この方は聞かれる。
「書けば、いつか誰かが読みます」
私はそう申し上げた。
「読んだ者が何をするかを、私は存じません」
「知らんな」
陛下は言われた。
「読んだ者が何をするかを、書いた者が知っていたためしがない」
「では、なぜ書かせるのでございますか」
聞いてから、私は自分が聞いたことに驚いた。王に問いを返したのは初めてである。
陛下は、怒られなかった。
「書かねば、次の者が同じところで止まるからだ」
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そう言って、七枚を私のほうへ戻された。
「書け。四行でいい」
「は」
「そのうえで、原本を探せ。三棟残っているのだろう」
「残っております」
私は七枚を取った。取ってから、一つだけ申し上げた。
「原本には、これらの者が何者であったかが、書いてあるやもしれませぬ」
「そうだろうな」
「書いていなければ」
陛下は、そこで初めて私のほうを見られた。
「書いていなければ、二百年、誰も知らずにやってきたということだ」




