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白王と黒王  作者: ブルースライム
第2章:アイゼンヴァルト王国

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第81話:六人の書き取り

 二百年ぶんを出せ、と陛下は仰せになった。


 仰せになるのは陛下で、書庫へ回すのはわたしである。王付士官の仕事は、たいていそういうものだ。


     *


 翌朝、書庫の者が上がってきた。


「クラウディア・メルダース様」


「はい」


「二百年ぶんは、日がかかります。綴りは八棟に分けて置いてございます。年ごとの目録はございますが、事案で引ける目録がございませぬ。端から当たるほかに」


「どれほど」


「半月は」


     *


 半月を待つつもりはなかった。


 陛下は二百年ぶんを出せと仰せになったが、その前に、手元で片づくものがある。


 境の各隊から上がる報せである。月ごとに束ね、年ごとに箱へ入れて、書庫に三年ぶん置いてある。棚が決まっているので、その日のうちに来た。


 箱が四つ。


     *


 夏より前の二年ぶんに、西から来た者の記載はない。一件もない。境を越えてくるのは、商人か、逃げた兵か、迷った牛である。


 牛の件は年に二度ほど上がってくる。誰の牛かで揉めるからだ。


 夏からの一年ぶんに、三件あった。


 わたしは三枚を抜いて、日付の順に並べた。


 八月に二名。十月に三名。同じ十月に、もう一名。合わせて六名である。


 最初の二名は、書式が整っていない。様式の欄が空で、本文だけが書いてある。書いた者は下士官で、字は読める。


     *


 西より二名、境の杭を越えて参る。停止を命ずるも従わず。


 矢を用う。二名とも倒れる。


     *


 ここで一行、間が空いている。


 紙を節約する書き方をしているのに、ここだけ空けてある。


     *


 倒れたる二名、起き上がる。


 再度矢を用うも同じ。槍にて刺すも同じ。


 規定により火を用う。灰となる。以後、動かず。


 なお後方に一名あり。杭を越えず、退がる。追わず。


     *


 わたしは、その紙を二度読んだ。二度目に読んだのは、書き手が何を書かなかったかを見るためである。


 この者は、二名が何を言ったかを書いていない。停止を命じたのだから、声は届いている。届いたのに従わなかった、と書いてある。ならば向こうも何か言ったはずである。


 書いていない。


 退がった一名がどこへ行ったかも、書いていない。追わず、で終わっている。


     *


 十月の三名は、書式が整っていた。


 欄が埋まっている。日付、場所、人数、処置。文言は前の一件を写したのだと分かる。写して、様式に流し込んだ。本文は三行しかない。西より三名。停止に従わず。規定により処置。


 書いた者が違う。前の一件とは字が違う。この者は、見ていない。見た者から聞いて、様式に流しただけである。


 これで決まりになった、とわたしは思った。最初の二名で、火が効くと分かった。分かったので、次からは様式になる。


     *


 同じ十月の、もう一件だけ、また少し長い。


     *


 西より二名、境まで参る。うち一名、杭を越えて進む。停止を命ずるに、その場に止まる。


     *


 わたしは、そこで指を止めた。


 止まった、と書いてある。前の五名は止まらなかった。


     *


 書状を携え、これを差し出す。受け取らずと申し伝えたるに、地に置く。


 規定により処置。書状は焼かず、これを付す。


 後方の一名は杭を越えず、退がる。追わず。


     *


 『退がる。追わず』と二度とも、そこで終わっている。


 書いた者は違う。字も違う。それでも、同じところで筆を止めている。


 西は二度、人を送っている。二度とも、一名が退がって帰った。こちらは二度とも、追っていない。


     *


 付す、とあった。箱には入っていなかった。


 わたしは書庫の者を呼んだ。


「十月の綴りに、付されたはずの書状がございませんが」


「別に保管しております」


「なぜです」


「西の書きものですので、様式が違います。綴りに挟むと厚みが揃いませぬ」


     *


 持ってこさせた。


 紙が一枚。折り目が四つ。焦げてはいない。


 開いた。


 字は丁寧である。書き慣れた者の字だ。文言は硬く、こちらの文書と大きくは違わない。要旨はこうである。


 境の東にある五つの村は、十二年前まで我が国の民であった。彼らの帰属について、話し合いを求める。


 それだけだった。脅しも、期限も、条件もない。話し合いを求める、で終わっている。


 末尾に署名があった。ヴィタリス王国宰相、と読める。


     *


 わたしは紙を置いて、しばらく手を離していた。


 この一枚は、七ヶ月前からここにある。


 誰も読んでいない。読む決まりがないからである。焼かない決まりもないので、焼かれずに残った。


 厚みが揃わないという理由で、別の棚に置かれていた。


     *


 わたしは六枚と一通を持って、陛下のもとへ上がった。


「三件、六名でございます」


「読んだか」


「読みました」


「では言え」


「最初の二名で、火が効くと分かっております。以後は様式になりました」


「様式」


「はい。欄を埋めるだけの書式が回っております」


 陛下は指で卓を二度叩かれた。


「それは、決まりになったということだな」


「さようでございます」


「誰が決めた」


     *


 わたしは答えられなかった。


 六枚のどこにも、命じた者の名がない。最初の下士官が規定を引き、次の者がそれを写し、その次が様式にした。規定は、二百年前からある。


「誰も決めておりません」


 わたしは、そう申し上げた。


「規定が、そこにございました」


 陛下は何も言われなかった。


     *


 それから、書状のことを申し上げた。


 陛下は受け取って、開いて、読まれた。読み終わって、もう一度初めから読まれた。


「話し合いを求める、だけか」


「それだけでございます」


「七ヶ月、ここにあったのだな」


「厚みが揃わぬゆえ、別の棚にございました」


 陛下は、その紙を卓に置かれた。置いて、指で押さえられた。


     *


「メルダース」


「はい」


「二百年ぶんの規定を出せと言ったな」


「手配しております」


「規定はいい」


 陛下は顔を上げられた。


「規定が作られたときの、もとの紙を出せ」


「もとの、と申されますと」


「規定には理由がある」


 陛下は言われた。


「二百年、七度も同じ処置をさせるからには、最初に誰かが何かを書いている」

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