第81話:六人の書き取り
二百年ぶんを出せ、と陛下は仰せになった。
仰せになるのは陛下で、書庫へ回すのはわたしである。王付士官の仕事は、たいていそういうものだ。
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翌朝、書庫の者が上がってきた。
「クラウディア・メルダース様」
「はい」
「二百年ぶんは、日がかかります。綴りは八棟に分けて置いてございます。年ごとの目録はございますが、事案で引ける目録がございませぬ。端から当たるほかに」
「どれほど」
「半月は」
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半月を待つつもりはなかった。
陛下は二百年ぶんを出せと仰せになったが、その前に、手元で片づくものがある。
境の各隊から上がる報せである。月ごとに束ね、年ごとに箱へ入れて、書庫に三年ぶん置いてある。棚が決まっているので、その日のうちに来た。
箱が四つ。
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夏より前の二年ぶんに、西から来た者の記載はない。一件もない。境を越えてくるのは、商人か、逃げた兵か、迷った牛である。
牛の件は年に二度ほど上がってくる。誰の牛かで揉めるからだ。
夏からの一年ぶんに、三件あった。
わたしは三枚を抜いて、日付の順に並べた。
八月に二名。十月に三名。同じ十月に、もう一名。合わせて六名である。
最初の二名は、書式が整っていない。様式の欄が空で、本文だけが書いてある。書いた者は下士官で、字は読める。
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西より二名、境の杭を越えて参る。停止を命ずるも従わず。
矢を用う。二名とも倒れる。
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ここで一行、間が空いている。
紙を節約する書き方をしているのに、ここだけ空けてある。
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倒れたる二名、起き上がる。
再度矢を用うも同じ。槍にて刺すも同じ。
規定により火を用う。灰となる。以後、動かず。
なお後方に一名あり。杭を越えず、退がる。追わず。
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わたしは、その紙を二度読んだ。二度目に読んだのは、書き手が何を書かなかったかを見るためである。
この者は、二名が何を言ったかを書いていない。停止を命じたのだから、声は届いている。届いたのに従わなかった、と書いてある。ならば向こうも何か言ったはずである。
書いていない。
退がった一名がどこへ行ったかも、書いていない。追わず、で終わっている。
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十月の三名は、書式が整っていた。
欄が埋まっている。日付、場所、人数、処置。文言は前の一件を写したのだと分かる。写して、様式に流し込んだ。本文は三行しかない。西より三名。停止に従わず。規定により処置。
書いた者が違う。前の一件とは字が違う。この者は、見ていない。見た者から聞いて、様式に流しただけである。
これで決まりになった、とわたしは思った。最初の二名で、火が効くと分かった。分かったので、次からは様式になる。
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同じ十月の、もう一件だけ、また少し長い。
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西より二名、境まで参る。うち一名、杭を越えて進む。停止を命ずるに、その場に止まる。
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わたしは、そこで指を止めた。
止まった、と書いてある。前の五名は止まらなかった。
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書状を携え、これを差し出す。受け取らずと申し伝えたるに、地に置く。
規定により処置。書状は焼かず、これを付す。
後方の一名は杭を越えず、退がる。追わず。
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『退がる。追わず』と二度とも、そこで終わっている。
書いた者は違う。字も違う。それでも、同じところで筆を止めている。
西は二度、人を送っている。二度とも、一名が退がって帰った。こちらは二度とも、追っていない。
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付す、とあった。箱には入っていなかった。
わたしは書庫の者を呼んだ。
「十月の綴りに、付されたはずの書状がございませんが」
「別に保管しております」
「なぜです」
「西の書きものですので、様式が違います。綴りに挟むと厚みが揃いませぬ」
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持ってこさせた。
紙が一枚。折り目が四つ。焦げてはいない。
開いた。
字は丁寧である。書き慣れた者の字だ。文言は硬く、こちらの文書と大きくは違わない。要旨はこうである。
境の東にある五つの村は、十二年前まで我が国の民であった。彼らの帰属について、話し合いを求める。
それだけだった。脅しも、期限も、条件もない。話し合いを求める、で終わっている。
末尾に署名があった。ヴィタリス王国宰相、と読める。
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わたしは紙を置いて、しばらく手を離していた。
この一枚は、七ヶ月前からここにある。
誰も読んでいない。読む決まりがないからである。焼かない決まりもないので、焼かれずに残った。
厚みが揃わないという理由で、別の棚に置かれていた。
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わたしは六枚と一通を持って、陛下のもとへ上がった。
「三件、六名でございます」
「読んだか」
「読みました」
「では言え」
「最初の二名で、火が効くと分かっております。以後は様式になりました」
「様式」
「はい。欄を埋めるだけの書式が回っております」
陛下は指で卓を二度叩かれた。
「それは、決まりになったということだな」
「さようでございます」
「誰が決めた」
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わたしは答えられなかった。
六枚のどこにも、命じた者の名がない。最初の下士官が規定を引き、次の者がそれを写し、その次が様式にした。規定は、二百年前からある。
「誰も決めておりません」
わたしは、そう申し上げた。
「規定が、そこにございました」
陛下は何も言われなかった。
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それから、書状のことを申し上げた。
陛下は受け取って、開いて、読まれた。読み終わって、もう一度初めから読まれた。
「話し合いを求める、だけか」
「それだけでございます」
「七ヶ月、ここにあったのだな」
「厚みが揃わぬゆえ、別の棚にございました」
陛下は、その紙を卓に置かれた。置いて、指で押さえられた。
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「メルダース」
「はい」
「二百年ぶんの規定を出せと言ったな」
「手配しております」
「規定はいい」
陛下は顔を上げられた。
「規定が作られたときの、もとの紙を出せ」
「もとの、と申されますと」
「規定には理由がある」
陛下は言われた。
「二百年、七度も同じ処置をさせるからには、最初に誰かが何かを書いている」




