第74話:同じだけ
三日目は霧だった。
林を出て道に戻ると、霧の中から人が出てきた。桶を提げた男である。
すれ違いざまに腰を折られたので、おれも頭を下げた。下げてから、下げたことに気づいた。
去年、縄で引かれて同じ道を通ったときは、頭など下げなかった。
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林を出てから、おれは半日、何も考えずに歩いていた。
考えずに歩くと、足だけが進む。楽ではある。
楽だが、斥候が何も考えずに歩くのは、寝ているのと変わらない。
それで飯を食っているのだから、これは怠けである。だから、数えることにした。
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斥候は数える。数えているあいだは、余計なものが入ってこない。
去年、縄で引かれながら三十四人を数えたときも、そうやって凌いだ。
あのときは、数えていないと、この先どこへ連れて行かれるのかを考えてしまうからだった。
同じ手を、もう一度使うことにした。
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二つ目の村は、道の南に外れたところにあった。
十四軒。井戸が一つ。畑に六人、道に四人。
おれは村に入らず、畑の縁を回りながら数えた。
斥候は正面から人に会わない。昨日は会った。今日は会わない。
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東の戦では、死んだ者を運ぶ。
運ぶのは下の者の仕事で、おれも二年やった。だから、死んだ者がどうなっていくかを知っている。
夏なら、三日で膨れる。膨れて、それから崩れる。
冬は遅い。遅いだけで、順は変わらない。
この国の者は、どちらにもならない。膨れもせず、崩れもせず、乾く。
乾き方にも順がある。まず手の甲の皮が薄くなって、骨の筋が浮く。次に目のくぼみが深くなる。
唇が引いて、歯が少し見えるようになる。爪の根に白い筋が出る。
おれは畑の六人を、一人ずつ見ていった。
いちばん年嵩の男は、五十を過ぎている。いちばん若いのは、おれと同じくらいだった。
二人の手の甲は、同じところまで来ていた。目のくぼみも同じだった。唇も同じだった。
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三つ目の村に着いたのは、次の日の昼である。
二つ目の村から、半日と少しあった。
畑の縁からでは、届かなかった。手の甲の筋までは、遠くても見える。爪の根は見えない。唇の引き具合も分からない。
斥候は正面から人に会わない。おれは村に入った。
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井戸のところに、女が三人いた。子供が二人。年寄りが一人。
六人とも手を止めて、頭を下げた。
「東の人かい」
昨日と、同じ言葉だった。村が違う。家も違う。人も違う。それで、言い方だけが同じだった。
「そうだ」
「寒いだろう」
これも同じだった。
畏まった挨拶なら、決まり文句がある。決まり文句なら、同じでも構わない。
これは、決まり文句ではなかった。
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女が湯を持ってきた。
受け取るときに、その手を見た。手首から先の色が、腕と違っていた。
昨日の女と同じである。
子供が寄ってきて、おれの荷を見ていた。
「手を見せてくれるか」
子供は、両手を出した。
おれは片方を取った。
爪の根に、白い筋があった。年寄りのものと、同じ深さだった。
冷たくはない。温かくもない。何もない手だった。
昨日、子供に手のことを聞かれた。
あれは、こういうことだったのだと思った。
斥候は見る。それが仕事である。
おれは、仕事をした。
子供は手を引かなかった。おれが放すまで、そのままにしていた。
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六人とも、前の村の人々と概ね同じだ。
半日離れた村の年寄りと、こちらの子供が、同じだけ乾いている。
人が一人ずつ死んでいく国なら、こうはならない。
先に死んだ者から先に乾く。あとの者はあとから乾く。
並べれば、必ずばらばらになる。
ばらばらにならないということは、一つしかない。
みな、同じ日に始まったということだ。
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昨日、年寄りが言っていた。
「夏に、村の者が」
その先に続く言葉は出てこなかった。
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おれは道の脇に座って、指折り数えることにした。
夏から、いまが冬である。七ヶ月になる。
乾き方は、ちょうど七ヶ月ぶんだった。合っている。
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これで報告になる、と思った。
西の民は、夏の一日に、全員が同じようになった。
以後、日を追って乾いている。乾きの度合いは、村が違っても違わない。
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数だけを書けばいい。数だけなら、誰に読まれても話がずれない。
書けないものが、一つ残った。昨日の粥である。
うまかった、と書くことはできない。
書けば、そちらを聞かれる。
斥候が敵地で物を食ったというだけで、話が全部そちらへ行ってしまう。
だから書かない。書かないが、忘れてもいない。
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日が落ちて、また林に入った。
火は焚かなかった。
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横になってから、東に帰ったら何を食うかを考えた。
三番隊の飯は、ひどい。
麦が古くて、汁が薄い。実が三つしか浮いていない日がある。おれたちはそれを、毎日文句を言いながら食っていた。
文句を言う相手がいたからである。
帰ったら、まずそれを食う。文句を言って食う。
そう決めてから、目を閉じた。
王都まで、あと六日である。




