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白王と黒王  作者: ブルースライム
第2章:アイゼンヴァルト王国

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第74話:同じだけ

 三日目は霧だった。


 林を出て道に戻ると、霧の中から人が出てきた。桶を提げた男である。


 すれ違いざまに腰を折られたので、おれも頭を下げた。下げてから、下げたことに気づいた。


 去年、縄で引かれて同じ道を通ったときは、頭など下げなかった。


     *


 林を出てから、おれは半日、何も考えずに歩いていた。


 考えずに歩くと、足だけが進む。楽ではある。


 楽だが、斥候が何も考えずに歩くのは、寝ているのと変わらない。


 それで飯を食っているのだから、これは怠けである。だから、数えることにした。


     *


 斥候は数える。数えているあいだは、余計なものが入ってこない。


 去年、縄で引かれながら三十四人を数えたときも、そうやって凌いだ。


 あのときは、数えていないと、この先どこへ連れて行かれるのかを考えてしまうからだった。


 同じ手を、もう一度使うことにした。


     *


 二つ目の村は、道の南に外れたところにあった。


 十四軒。井戸が一つ。畑に六人、道に四人。


 おれは村に入らず、畑の縁を回りながら数えた。


 斥候は正面から人に会わない。昨日は会った。今日は会わない。


     *


 東の戦では、死んだ者を運ぶ。


 運ぶのは下の者の仕事で、おれも二年やった。だから、死んだ者がどうなっていくかを知っている。


 夏なら、三日で膨れる。膨れて、それから崩れる。


 冬は遅い。遅いだけで、順は変わらない。


 この国の者は、どちらにもならない。膨れもせず、崩れもせず、乾く。


 乾き方にも順がある。まず手の甲の皮が薄くなって、骨の筋が浮く。次に目のくぼみが深くなる。


 唇が引いて、歯が少し見えるようになる。爪の根に白い筋が出る。


 おれは畑の六人を、一人ずつ見ていった。


 いちばん年嵩の男は、五十を過ぎている。いちばん若いのは、おれと同じくらいだった。


 二人の手の甲は、同じところまで来ていた。目のくぼみも同じだった。唇も同じだった。


     *


 三つ目の村に着いたのは、次の日の昼である。


 二つ目の村から、半日と少しあった。


 畑の縁からでは、届かなかった。手の甲の筋までは、遠くても見える。爪の根は見えない。唇の引き具合も分からない。


 斥候は正面から人に会わない。おれは村に入った。


     *


 井戸のところに、女が三人いた。子供が二人。年寄りが一人。


 六人とも手を止めて、頭を下げた。


「東の人かい」


 昨日と、同じ言葉だった。村が違う。家も違う。人も違う。それで、言い方だけが同じだった。


「そうだ」


「寒いだろう」


 これも同じだった。


 畏まった挨拶なら、決まり文句がある。決まり文句なら、同じでも構わない。


 これは、決まり文句ではなかった。


     *


 女が湯を持ってきた。


 受け取るときに、その手を見た。手首から先の色が、腕と違っていた。


 昨日の女と同じである。


 子供が寄ってきて、おれの荷を見ていた。


「手を見せてくれるか」


 子供は、両手を出した。


 おれは片方を取った。


 爪の根に、白い筋があった。年寄りのものと、同じ深さだった。


 冷たくはない。温かくもない。何もない手だった。


 昨日、子供に手のことを聞かれた。


 あれは、こういうことだったのだと思った。


 斥候は見る。それが仕事である。


 おれは、仕事をした。


 子供は手を引かなかった。おれが放すまで、そのままにしていた。


     *


 六人とも、前の村の人々と概ね同じだ。


 半日離れた村の年寄りと、こちらの子供が、同じだけ乾いている。


 人が一人ずつ死んでいく国なら、こうはならない。


 先に死んだ者から先に乾く。あとの者はあとから乾く。


 並べれば、必ずばらばらになる。


 ばらばらにならないということは、一つしかない。


 みな、同じ日に始まったということだ。


     *


 昨日、年寄りが言っていた。


「夏に、村の者が」


 その先に続く言葉は出てこなかった。


     *


 おれは道の脇に座って、指折り数えることにした。


 夏から、いまが冬である。七ヶ月になる。


 乾き方は、ちょうど七ヶ月ぶんだった。合っている。


     *


 これで報告になる、と思った。


 西の民は、夏の一日に、全員が同じようになった。


 以後、日を追って乾いている。乾きの度合いは、村が違っても違わない。


     *


 数だけを書けばいい。数だけなら、誰に読まれても話がずれない。


 書けないものが、一つ残った。昨日の粥である。


 うまかった、と書くことはできない。


 書けば、そちらを聞かれる。


 斥候が敵地で物を食ったというだけで、話が全部そちらへ行ってしまう。


 だから書かない。書かないが、忘れてもいない。


     *


 日が落ちて、また林に入った。


 火は焚かなかった。


     *


 横になってから、東に帰ったら何を食うかを考えた。


 三番隊の飯は、ひどい。


 麦が古くて、汁が薄い。実が三つしか浮いていない日がある。おれたちはそれを、毎日文句を言いながら食っていた。


 文句を言う相手がいたからである。


 帰ったら、まずそれを食う。文句を言って食う。


 そう決めてから、目を閉じた。


 王都まで、あと六日である。

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