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白王と黒王  作者: ブルースライム
第2章:アイゼンヴァルト王国

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第72話:丁寧なんだ

 境の杭は、去年の秋と同じ場所に立っていた。


 三番隊の斥候、ミカ。十八。命令は、越えて、王都を訪れ、余すことなく見て、帰ること。


     *


 去年も、おれは自分の足でここを越えた。


 越えて、三日目に捕まった。そこから王都まで縄で引かれ、四日いて、馬をもらって帰った。


 行きは、知らずに見た。


 帰りは、知って見た。


 今度は、最初から知っている。


     *


 杭を越えた。


 何も起きなかった。


 道は乾いていた。冬なので土が固い。轍が深く残っている。荷車が通っている道である。


     *


 人はいた。


 半刻ほど歩いて、四人とすれ違った。


 一刻でさらに七人。畑にも人が出ていた。冬の畑に、七人か八人。


 みな、会釈をした。


 おれは東の顔をしている。上着も東のものである。すれ違う者は、それが分かるはずだった。


 分かったうえでみな、腰を折った。


     *


 去年の秋も、こうだった。


 あのときおれは、縄で引かれながら三十四人を数えている。


 斥候は数える。


 人の数、家の数、井戸の数。縄で繋がれていても、それはやめられない。二人がかりで引かれながら、おれは数えていた。


 三十四人のうち、九人は旅の者だった。


 背負子を担いだ小間物売り。杖の男。荷の間に子を寝かせた夫婦。


     *


 今日は、一人もいない。


 畑にいる者。桶を提げた者。薪を抱えた者。


 みな、この辺りの村の者である。着ているものが同じで、歩く先が村の中にある。


 外から来た者が、一人もいない。


 噂は南へ回っている。回ったなら、来なくなる。


 当たり前のことである。当たり前のことだが、その当たり前が、道の上では静かすぎた。


     *


 昼を過ぎて、荷車に会った。


 十二台あった。


 二頭立てで、荷は麻袋。麦だ。積み方が高い。東から南へ抜ける道に入るつもりだろう。


 おれは道の脇に寄った。


 斥候は正面から人に会わない。会うときは、会ってもいい形にしてから会う。


     *


 三台目の御者が、こちらを見た。


 見て、手綱を引いた。


「兄さん、乗るかい」


 南の方言だった。


「どこまで」


「港まで。八日」


「逆だ」


「逆かい」


     *


 御者は笑わなかった。


 笑わずに、こう言った。


「やめとけ」


 おれは答えなかった。


 この男は、おれが誰かを聞かなかった。


 どこの者かも、何をしに行くのかも聞かなかった。荷を積んで、王都まで行って、また戻ってくる仕事をしていれば、聞かないほうが早いと覚えるのだろう。


     *


「積んでるのは麦か」


「麦だな」


「よく出るな」


「出すぎだよ」


「作ってるのか」


「蔵から、いくらでも出てくる」


     *


 御者は水袋を取って、口をつけた。


 つけてから、袋を持ったまま、しばらく持っていた。飲まなかった。


「積み込みはな」


 この男は言った。


「向こうがやってくれるんだ」


「向こう?」


「城の者、倉の者だ。俺たちは手を貸さなくていい。降りて、待ってるだけでいい」


 おれはただ耳を傾けた。


「一台につき、六人来る。六人で積む。速い。俺たちがやるよりずっとな」


「なら楽だろう」


「ああ、楽だよ」


 御者は水袋を戻した。


「終わると、礼を言われるんだ」


「礼?」


「ご苦労さまでございました、と。全員がだ。六人が六人とも言う。頭を下げる」


     *


「城には入るのか」


「入らんね。倉は門の外だからな」


「中を見たことは」


「一度もない」


「見たいとも思わんのか」


「微塵も思わん」


 おれは道の土を見ていた。


「それが」


「それだけだ」


 御者は言った。


「それだけ、なんだよ」


 荷車が動き出した。


     *


「兄さん」


 御者が言った。


「去年は、俺のほかに六組いた。南から来る組が、ね」


「今年は」


「二組だ」


     *


 三台目が過ぎて、四台目が来た。五台目も来た。


 御者たちは誰も、こちらを見なかった。


 十二台とも過ぎた。


     *


 日が傾いて、畑が見えた。


 冬の畑である。


 何も植えられていない。土が起こしてあって、畝の形だけが残っている。


 まだ人が出ていた。


 おれは道の脇に座って、しばらく見ていた。


 誰も、休まなかった。


 腰を伸ばさない。水を飲まない。手を止めない。


     *


 おれは数えた。


 鍬が土に入る間が、初めの百と、終わりの百で、同じだった。


 土を起こす仕事を、おれは村でやったことがある。


 初めの百と終わりの百が同じになることは、ない。


     *


 日が落ちた。


 落ちてからも、音が続いた。


 去年の秋、おれはこの道を三度通っている。


 そのときも、畑には人が出ていた。


 音が続いていたかどうかは、覚えていない。


     *


 おれは立ち上がって、道を外れた。


 林のほうへ入って、木の陰に荷を下ろした。


 火は焚かなかった。


 焚けば見つかる。


 去年は、焚いて見つかった。


 それで済んだ。済まないかもしれないと思うようになったのは、帰ってからである。


     *


 馬の世話をしていた三ヶ月のあいだ、おれは毎晩よく眠った。


 馬は夜になると眠る。横になるやつもいれば、立ったまま眠るやつもいる。どちらでも眠る。


 眠るところを見ていると、こちらも眠くなる。


 畑の音は、まだ続いていた。

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