第71話:揃えた者
「エルヴィーン参謀。東部方面から、これで最後にございます」
書記が置いて、下がった。
*
卓に三つ、並んだ。
左から、南の港の帳簿。真ん中に、書庫の写し。右に、境から戻った兵の供述。
三つとも、別の者が持ってきた。
帳簿はメルダース士官。写しは軍医のレンツ。供述は東部方面から上がってきたもので、これだけは誰の手か分からない。
私は端を揃えた。
揃えてから、写しの端がすでに揃っていることに気づいた。
*
あの軍医は、端を揃える男である。
二十年、三行の報告を書いてきたと聞いた。三行の報告を二十年書ける者は、そう多くない。たいていは途中で四行になり、五行になり、書かなくてよいことを書き始める。
その男が、境から来た三体のときに、一行だけ余計に書いた。
埋葬地に石を置く、という一行である。
私は書庫の七件を、先月のうちに読んでいる。
読んでいて、出せなかった。二百年で七件の古い綴りを、参謀本部が理由もなく持ち出すわけにはいかない。
*
ゆえにあの一行が、理由になった。
陛下が読ませ、陛下が引っかかった。それで私は出させることができた。
そして今度、あの男は書かなかった。
七枚の写しに、一行も足していない。足すべきことがあったのは、私が確かめた。
*
三つとも、結論が書いていない。
帳簿には、荷の数と月しか書いていない。写しには、場所と日付と人数と「処置済み」しか書いていない。供述には、見たことしか書いていない。
三人とも、そこで筆を止めている。
止めた理由は、三人とも違うだろう。
だが、止めたこと自体は同じである。
*
メルダース士官のことを、少し考えた。
あの者は、四日で出せと言われた帳簿を四日で出し、読んだうえで持っていった。読まずに届ける者のほうが多い。
私はあの者を、名前で呼んだことがない。
三年、一度もない。
乳母の娘である。母親が陛下を育てた。それだけの理由で城にいるのだと、私は最初に思った。
思って、三年経った。
三年で、あの者が数を間違えたのを二度見た。
二度とも、翌日には直っていた。直したことを言いに来なかった。言いに来る者のほうが、この城には多い。
名前で呼べば、家柄の話ではなくなる。
私はまだ、家柄の話にしておきたい。
*
三つを重ねて、陛下のところへ上がった。
*
「エルヴィーン」
「はい」
「揃ったか」
「揃いましてございます」
「読む必要はあるか」
「ございません」
陛下は、私に手で示された。
言え、ということである。
*
「三つとも、同じことを言っております」
「言ってみろ」
「西では、誰も食べておりません」
「帳簿だな」
「はい」
「過去に七件、似たことがございました。二百年で七件。間は十九年から三十六年。人数は、いずれも村一つを超えておりません」
「多いもので」
「二十八名でございます」
「三つ目は」
「境から戻った兵が、死んだ者が起き上がるのを見ております。三名」
陛下は何も言われなかった。
*
「同じことを言っている、と申したな」
「はい」
「どこが同じだ」
「どれも、数が合わぬ点にございます」
私は続けた。
「二十八と二十万。三名と二十万。荷の四千二百と、人口の二十万」
「合わぬのはどれだ」
「二十万だけにございます」
*
陛下は卓の縁に指を置かれた。
置いて、動かされなかった。
*
「では、二十万が正しいかどうかを確かめればよい」
「斥候が三日前に出ております」
「ミカだな」
「はい。往きが十日。見るのに幾日か。帰りが十日」
私は申し上げた。
「早くて来月にございます」
「それまでは」
「動けませぬ」
陛下は卓の縁から指を離された。
*
「東への催促を止めろ」
私はすぐには返事をしなかった。
*
「陛下」
「言え」
「四度目を出さねば、同盟の話が消えます」
「消えん」
「消えます。向こうから出してきた話ではございません」
「三度出して、三度とも麦が減った」
陛下は言われた。
「催促は、こちらが西を見ている報せになっている」
「承知しております」
「では、なぜ止めぬ」
「同盟が要るからでございます」
「要る」
「東を空けねば、西へ本軍は出せませぬ。空けるには、同盟が要ります」
*
陛下は、そこで初めてこちらを見られた。
「西へ本軍を出すと、私が言ったか」
私は答えなかった。
*
「エルヴィーン」
「はい」
「お前は、もう出すつもりでいるな」
「三つの綴りを揃えましたのは、私にございます」
「揃えた者は、そうなる」
陛下は言われた。
「揃った紙を見ると、人は動きたくなる。そういう参謀を、何人も見た」
「止めろ。四度目は出すな」
「はい」
*
「催促を止めれば、向こうは測るものを失う」
「失いましょう」
「失った者が何をするかを見たい」
*
私は下がった。
廊下で、三つの綴りを持ち直した。写しの端は、まだ揃っていた。
*
陛下は、西へ兵を出さない。東へ返事も出さない。
何もしないことを、二つ選ばれた。
そして、何もしないことで、勝利を掴まれる。
*
私は揃えた紙を持って上がった。
揃えた者は、そうなる。確かに、仰せのとおりであるな。




