第70話:二十八名
王都軍医寮 軍医 レンツ
一、書庫の綴り「死亡の確認」全七件、写しを作成せよ。
一、写しは封じ、当職宛に直接届けよ。
一、本件、他言を禁ず。
参謀本部 エルヴィーン
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三行だった。
前のときと同じである。ただ、今度は一行目の要件が多い。
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私はあの綴りを、夜に一人で見た。
誰にも言っていない。書き写したのは日付だけで、その紙は引き出しに入れてある。
なぜ知られたのかを、しばらく考えた。
考えて、やめた。
私が書いたのは、二行である。
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三体、死亡を確認。異常なし。
埋葬完了。埋葬地に石を置く旨、当該下士官より申し出あり。軍規に定めなし。差し支えなしと判断す。
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どちらも、書かなくてよかった。
書かなくてよいものを書くと、読む者が出る。
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書庫へ下りた。
綴りを出して、卓に置いて、紙を用意した。二百年で七件しかないので、写しは半日で終わる。
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一件目から順に写した。
場所。日付。人数。処置済み。
写しながら、日付が並んだ。
三十一年前。五十八年前。九十四年前。百二十二年前。百五十年前。百七十七年前。百九十六年前。
間が、短くて十九年。長くて三十六年である。
二百年で七件というのは、そういう散り方だった。
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人数も並んだ。
四名。九名。十一名。十六名。十九名。二十三名。二十八名。
多いもので、二十八名。
場所は、いずれも村だった。
町のものが一件もない、というのは前に確かめている。今度は、村の名も写した。写しながら、どれも聞いたことのない名だと思った。
二百年で、七つの村。
いちばん大きいもので二十八名。
噂では、西は二十万だという。
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私は筆を置いた。
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二十八と二十万は、同じ話の中に置ける数ではない。
同じ話でないなら、この七件は、いま起きていることの前例ではない。
前例でないなら、この写しは何の役にも立たない。
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そこまで考えて、私は自分が何を望んでいるのかに気づいた。
役に立たないでほしいと、私は思っている。
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七件のうち、六件は写し終えた。
残りは三十一年前のものだった。
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北の村。十六名。処置済み。
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私はこれを写した者を知っている。
いや、埋めた者を知っている、だ。
あの男は、埋めたら駄目でしたと言った。
あとは書いてないことです、とも言った。
書いてないことは、写しにも載らない。
私が今日作っているのは、そういう紙である。
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写し終えた。
七枚。日付順に重ねて、端を揃えた。
私はしばらく、その七枚を見ていた。
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書き足すことなら、ある。
間が十九年から三十六年であること。人数がいずれも一つの村を超えないこと。そして、今度のものが、その両方に当てはまらないこと。
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三行で足りる。
二十年、私は三行の報告を書いてきた。
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筆を取った。
取って、置いた。
書けば、いつか誰かが読む。
読んだ者が何をするかを、私は知らない。
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あの男は、読まれることを望んでいた。
三十一年、それを望んでいたのだと思う。
私は望んでいない。
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私は七枚を封じた。
一行も足さなかった。
足さなかったことは、どこにも残らない。
残らないので、いつか誰かが読むということもない。
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届けに上がるつもりでいたが、その必要はなかった。
書庫の扉が開いて、参謀本部のエルヴィーン殿が入ってこられた。
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「レンツ軍医」
「参謀」
「できたか」
「七枚にございます」
封のまま渡した。
この方は封を切らなかった。切らずに、脇へ挟まれた。
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「中は」
「命令のとおり、写しました」
「読んだか」
「写しましたので」
「間が空いておるな」
私は答えなかった。
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「短くて十九年。長くて三十六年」
この方は、私を見ておられた。
「人数は、いずれも村一つを超えぬ。多いもので二十八名」
「今度のものは、そのどちらにも当てはまらぬ」
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封は切っておられない。
切らずに、中身を言われた。
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「参謀」
「なんだ」
「お読みになっておられましたか」
「先月に」
私は、そこで自分の立場を理解した。
私が夜に一人で見たと思っていた綴りは、その前に読まれている。
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「三行で足りる話だ」
エルヴィーン殿は言われた。
「軍医、貴殿は三行の報告を二十年書いてきたと聞く」
「はい」
「今日は書かなかったな」
「命令が、写しを作れ、とございましたので」
この方は、しばらく黙っておられた。
「書かなかった理由は聞かん」
それだけ言って、扉のほうへ歩かれた。
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「レンツ軍医」
「はい」
「石の一行は、書いてよかった」
扉が閉まった。
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私はしばらく、卓の前に立っていた。
それから、引き出しを開けた。
日付を書き写した紙が入っている。夜に一人で書いたものだ。
私はそれを、引き出しに戻した。
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戻してから、鍵をかけた。
二十年、かけたことのない鍵だった。




