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白王と黒王  作者: ブルースライム
第2章:アイゼンヴァルト王国

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第69話:置くもの

 北の門を出て、川を渡って、坂を上がる。


 歩いて半刻ほどだと聞いていた。俺の足だと四半刻だった。走ったからだ。走る必要はなかったけど。


     *


 上がりきると、野原だった。


 柵も門もない。道が途中で終わって、そこから先が墓地になっている。


     *


 石が並んでいた。


 低い石だ。膝より下で、上が平らに削ってある。列になっていて、間隔が同じだった。


 そんな中、男が一人、掘っていた。


 冬の土は固い。鍬が当たる音が、同じ調子で続いている。俺が坂を上がりきっても、その調子は変わらなかった。


     *


「よっす」


 男は手を止めた。


 こちらを見て、それから鍬を穴の縁に立てかけた。


「迅雷殿」


「その呼び方、やめてもらえません?」


「では、なんとお呼びしますか」


「ブリッツで」


「ブリッツ殿」


「殿もいらないんすけど」


 この男は、それには答えなかった。


 黙って立っている。用件を待っているという顔でもない。ただ立っていた。


     *


「ハルトマンさん、でしたよね」


「はい」


「探してる石があるんすよ」


「どなたのです」


「去年の春に、一人ここに」


「はい」


「覚えてます?」


「覚えております」


「一年で何人くらい埋めるんすか?」


「去年は四百七十二です」


 俺は少し黙った。


 四百七十二という数が、すぐには頭に入らなかった。


     *


「で、全部覚えてると」


「はい」


「嘘でしょ!」


「奥から三列目の、端から九つ目です」


「なんで分かるんすか!」


「わたしが置きましたので」


     *


 俺は奥へ歩いた。


 三列目に入って、端から数えた。九つ目で止まった。


 石があった。


 ほかのと同じ大きさで、上が平らで、角が落としてある。苔はまだ乗っていない。


 字は彫っていない。この墓地の石には、どれも字がない。


     *


 奥の列ほど苔が厚い。三列目でもう乗り始めている石がある。


 どれが誰なのかは、掘った男の頭の中にしかない。


 ちなみに傭兵は埋めない。置いてくる。


     *


 ハルトマンは、また掘り始めていた。


 鍬の音が、さっきと同じ調子で聞こえてくる。速くもなく、遅くもない。


     *


「ねえ、ハルトマンさん?」


「はい」


「この人、去年の春に軍を追われかけたんすよ」


「はい」


「知ってました?」


「存じません」


     *


 知らないと言った。


 知っていて言わない顔でもなかった。この男は、たぶん本当に知らない。


     *


 ハルトマンに、去年の春の話をした。


 俺と親父は、傭兵団にいた。団長が陛下に背いて、負けた。俺たちは負傷して王都に残っていたので、その戦には出ていない。


 出ていなかったが、そんな理屈は軍では通らなかった。


 毎日、誰かが来た。


 どこで何をしていたか、何を聞いていたか、何を知っていたか。同じことを何度も聞かれた。親父は寝たままで答えた。答えるたびに傷が開いた。


 そういうのが二ヶ月続いて、それから止まった。


 止まった理由は、旗本の名簿に俺の名前が入ったからだ。陛下がご自身で書かれたと聞いた。


     *


 親父はその三ヶ月あとに死んだ。


 俺はそのとき、名簿に名前が入ったことを、まだ親父に言っていなかった。言おうと思って、毎日行って、毎日言わなかった。


 言えば、喜んでくれる確信はあった。


 同時に、喜んだあとで、なぜお前だけなのかと聞かれるとも思った。


 俺はその答えを持っていなかった。持っていないまま行くのが嫌で、毎日、別の話をした。


 別の話は、いくらでもあった。


 飯のこととか、廊下ですれ違った女のこととか、そういうものだ。親父はそれを聞いて笑っていた。傷が痛むはずなのに、毎回笑った。


     *


「ハルトマンさん」


「はい」


「なんで助けてくれたと思います?」


 鍬の音が続いていた。


 止まらなかった。


「聞いてます?」


「聞いております」


「で?」


「陛下にお聞きになればよろしい」


「聞けるわけないでしょ」


「では、分かりませんな」


 それきり、この男は喋らなかった。


     *


 俺は石の上に手を置いた。


 平らだった。冬なので冷たかった。


 上を平らに削ってあるのは、何かを置くためだと思っていた。


 何を置くのかは、思いつかなかった。


     *


 しばらくそうしていて、それから手をどけた。


 手の跡が石に残っていた。すぐに消えた。


     *


「ねえ」


「はい」


「これ、なんで平らにしてるんすか?」


 ハルトマンは、掘りながら答えた。


「置くものが要るときに、要るからです」


「何を置くんすか」


「人によります」


     *


 俺は坂を下りた。


 途中で一度、振り返った。


 まだ掘っていた。鍬の音は、ここまでは届かなかった。


     *


 川を渡るときに、西のことを考えた。


 行けば片づくと、俺は思っている。


     *


 片づかなかったことが、いままで一度もない。


 それだけの理由で、そう思っている。

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