表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白王と黒王  作者: ブルースライム
第2章:アイゼンヴァルト王国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/78

第68話:数が合う

 六冊を抱えて、わたしは陛下の部屋へ上がった。


 日が暮れてから二刻ほど経っていた。扉の外に従卒はいない。この時刻には下がらせているのが通例だ。


「入れ」


 わたしは入った。


 卓に燭台が二つ。片方は火が消えていた。


     *


「遅い」


「申し訳ございません」


「四日で出せと言った。届いたのは今朝だろう」


「読んでおりました」


「六冊をか」


「四冊まででございます」


「残りは」


「開いておりません」


     *


 陛下は、こちらを見られた。


「なぜだ」


 わたしは答えを持っていた。


 持っていて、口にするのが遅れた。


「開かなくても、分かりましたので」


「何がだ」


「増えております」


 四冊を読むのに、朝から日暮れまでかかった。


 数を写して、足して、それから足し直した。二度目も同じ数になった。同じ数になったので、五冊目には手を伸ばさなかった。


 手を伸ばさなかった理由を、わたしは自分で分かっていた。


     *


 陛下は卓の上を片づけられた。


 書きかけの紙を脇へ寄せて、燭台を引き寄せられた。消えていたほうに、火を移された。手つきが速かった。


「読め」


     *


「三年前。南の港へ入った西の麦は、荷にして十一」


「十一」


「はい」


「去年は」


「夏まではございません」


 わたしは頁を繰った。


「夏から今日までで、四千二百」


 陛下は何も言われなかった。


 紙を一枚取って、数を書かれた。


     *


「一荷は」


「五十人が一年、食える量にございます」


「では、四千二百は」


「二十一万人分でございます」


 筆が止まった。


 止まって、それから陛下は書き損じられた。紙の端に、線が伸びた。


「筆が悪い」


「替えをお持ちいたします」


「要らん」


 筆のせいではない。


 わたしはそれを申し上げなかった。


     *


「西の人口は」


「二十万でございます」


「二十万の国が、二十一万人分を売ったわけだ」


「はい」


「これは作った量ではないな」


「はい。港に入った量にございます」


「では、蔵にはまだあるということだ」


 わたしは答えなかった。


 答えられることではなかった。


     *


「メルダース」


「はい」


「二十万の国が、二十万人分を売って、それでも蔵に残っている」


「はい」


「誰が食っている」


 わたしは、そこで初めて陛下の顔を見た。


 燭台の火が二つになっていた。片方は、さきほど移されたものである。


「誰も」


 言ってから、わたしは自分が何を言ったのかを知った。


 二十万人が食べていない。


 食べずにどうしているのかは、帳簿には書かれていない。帳簿は、入った量と出た量しか書かない。


     *


 陛下は、しばらく数を見ておられた。


 それから、書き損じた紙を裏返された。


「一人残らずか」


「そう申し上げるほかに、数の合わせようがございません」


 この方は、驚かれなかった。


 声も変わらなかった。ただ、書き損じた紙を裏返しておられた。裏返した紙には何も書かれていないので、見ても何もない。


     *


「噂では動かんと、私は言ったな」


「仰せになりました」


「これは噂か」


「帳簿でございます」


 陛下は、それには返事をされなかった。


 答えられないのではない。答える必要のないことに、この方は返事をされない。三年でそれを覚えた。


     *


 陛下は立たれた。


 窓のほうへ行かれて、外を見られた。この方は考えるときにそうされる。八年、そうしておられる。


「五冊目を開け」


「ただいま、でございますか」


「ただいま、だ」


 わたしは五冊目を開いた。


 開いて、読んだ。


 秋から、荷は減っていた。


「減っております」


「いくつだ」


「三ヶ月で、六百」


「作れなくなったのか」


「その場合は、値が下がりませぬ」


「値は」


「上がっております。先月の倍のまま、戻っておりません」


 作る量は変わっていない。南へ来る量だけが減っている。


 先に買っている者がいる、というところまでは、四日前に卓の上で出た話である。


「いつから減った」


「秋の初めからにございます」


     *


 陛下が振り向かれた。


「東への催促を出したのは、いつだ」


 わたしは綴りを繰らなかった。


 繰る必要がなかった。三度とも、わたしが書いて出したものである。


「秋の初め。次が二ヶ月前。三度目が先月にございます」


「並べてみろ」


 わたしは並べた。


 催促を出した月と、荷が減った月は、三度とも同じだった。


「三度出して、三度とも減ったわけだ」


「はい」


「偶然か」


「三度は、偶然と申しません」


 陛下は窓に手をつかれた。


「返事は来ない」


「まいりません」


「麦だけが動く」


 催促を出すたびに、向こうは買い足していた。


 こちらが西へ気を向けたかどうかを、月ごとに測られている。返事をよこさないのは、まだ返事をする段ではないからである。


「では、あちらはこちらを見ておられるのですね」


「見ている」


 陛下は言われた。


「夏から見ている」


 わたしは書き取らなかった。


 書き取るべきかどうか、分からなかったからである。


     *


「ほかにあるか」


 陛下が、そう言われた。


 振り向いてはおられなかった。


     *


 わたしは、テオドラ様のことを思った。


 書庫のこと。二百人のこと。帰された斥候のこと。変です、と言われた声のこと。


 申し上げれば、テオドラ様の書庫訪問は止められるだろう。


 ただ、止めればいいという話ではない。テオドラ様は理由を考えられる方である。考えて、さらに、答えに近づかれる。


「ございません」


 陛下は何も言われなかった。


 窓を見ておられた。


     *


 お側に上がって三年になる。


 嘘を申し上げたのは、これが初めてだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ