第68話:数が合う
六冊を抱えて、わたしは陛下の部屋へ上がった。
日が暮れてから二刻ほど経っていた。扉の外に従卒はいない。この時刻には下がらせているのが通例だ。
「入れ」
わたしは入った。
卓に燭台が二つ。片方は火が消えていた。
*
「遅い」
「申し訳ございません」
「四日で出せと言った。届いたのは今朝だろう」
「読んでおりました」
「六冊をか」
「四冊まででございます」
「残りは」
「開いておりません」
*
陛下は、こちらを見られた。
「なぜだ」
わたしは答えを持っていた。
持っていて、口にするのが遅れた。
「開かなくても、分かりましたので」
「何がだ」
「増えております」
四冊を読むのに、朝から日暮れまでかかった。
数を写して、足して、それから足し直した。二度目も同じ数になった。同じ数になったので、五冊目には手を伸ばさなかった。
手を伸ばさなかった理由を、わたしは自分で分かっていた。
*
陛下は卓の上を片づけられた。
書きかけの紙を脇へ寄せて、燭台を引き寄せられた。消えていたほうに、火を移された。手つきが速かった。
「読め」
*
「三年前。南の港へ入った西の麦は、荷にして十一」
「十一」
「はい」
「去年は」
「夏まではございません」
わたしは頁を繰った。
「夏から今日までで、四千二百」
陛下は何も言われなかった。
紙を一枚取って、数を書かれた。
*
「一荷は」
「五十人が一年、食える量にございます」
「では、四千二百は」
「二十一万人分でございます」
筆が止まった。
止まって、それから陛下は書き損じられた。紙の端に、線が伸びた。
「筆が悪い」
「替えをお持ちいたします」
「要らん」
筆のせいではない。
わたしはそれを申し上げなかった。
*
「西の人口は」
「二十万でございます」
「二十万の国が、二十一万人分を売ったわけだ」
「はい」
「これは作った量ではないな」
「はい。港に入った量にございます」
「では、蔵にはまだあるということだ」
わたしは答えなかった。
答えられることではなかった。
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「メルダース」
「はい」
「二十万の国が、二十万人分を売って、それでも蔵に残っている」
「はい」
「誰が食っている」
わたしは、そこで初めて陛下の顔を見た。
燭台の火が二つになっていた。片方は、さきほど移されたものである。
「誰も」
言ってから、わたしは自分が何を言ったのかを知った。
二十万人が食べていない。
食べずにどうしているのかは、帳簿には書かれていない。帳簿は、入った量と出た量しか書かない。
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陛下は、しばらく数を見ておられた。
それから、書き損じた紙を裏返された。
「一人残らずか」
「そう申し上げるほかに、数の合わせようがございません」
この方は、驚かれなかった。
声も変わらなかった。ただ、書き損じた紙を裏返しておられた。裏返した紙には何も書かれていないので、見ても何もない。
*
「噂では動かんと、私は言ったな」
「仰せになりました」
「これは噂か」
「帳簿でございます」
陛下は、それには返事をされなかった。
答えられないのではない。答える必要のないことに、この方は返事をされない。三年でそれを覚えた。
*
陛下は立たれた。
窓のほうへ行かれて、外を見られた。この方は考えるときにそうされる。八年、そうしておられる。
「五冊目を開け」
「ただいま、でございますか」
「ただいま、だ」
わたしは五冊目を開いた。
開いて、読んだ。
秋から、荷は減っていた。
「減っております」
「いくつだ」
「三ヶ月で、六百」
「作れなくなったのか」
「その場合は、値が下がりませぬ」
「値は」
「上がっております。先月の倍のまま、戻っておりません」
作る量は変わっていない。南へ来る量だけが減っている。
先に買っている者がいる、というところまでは、四日前に卓の上で出た話である。
「いつから減った」
「秋の初めからにございます」
*
陛下が振り向かれた。
「東への催促を出したのは、いつだ」
わたしは綴りを繰らなかった。
繰る必要がなかった。三度とも、わたしが書いて出したものである。
「秋の初め。次が二ヶ月前。三度目が先月にございます」
「並べてみろ」
わたしは並べた。
催促を出した月と、荷が減った月は、三度とも同じだった。
「三度出して、三度とも減ったわけだ」
「はい」
「偶然か」
「三度は、偶然と申しません」
陛下は窓に手をつかれた。
「返事は来ない」
「まいりません」
「麦だけが動く」
催促を出すたびに、向こうは買い足していた。
こちらが西へ気を向けたかどうかを、月ごとに測られている。返事をよこさないのは、まだ返事をする段ではないからである。
「では、あちらはこちらを見ておられるのですね」
「見ている」
陛下は言われた。
「夏から見ている」
わたしは書き取らなかった。
書き取るべきかどうか、分からなかったからである。
*
「ほかにあるか」
陛下が、そう言われた。
振り向いてはおられなかった。
*
わたしは、テオドラ様のことを思った。
書庫のこと。二百人のこと。帰された斥候のこと。変です、と言われた声のこと。
申し上げれば、テオドラ様の書庫訪問は止められるだろう。
ただ、止めればいいという話ではない。テオドラ様は理由を考えられる方である。考えて、さらに、答えに近づかれる。
「ございません」
陛下は何も言われなかった。
窓を見ておられた。
*
お側に上がって三年になる。
嘘を申し上げたのは、これが初めてだった。




