表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白王と黒王  作者: ブルースライム
第2章:アイゼンヴァルト王国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/76

第67話:変です

 帳簿は四日目の朝に届いた。


 南の港の入荷を、三年ぶん、月ごとに。綴りにして六冊あった。


 わたしは机に並べて、古い順に開いた。


     *


 二冊目の途中で、扉が鳴った。


 叩いた音ではない。押して開けた音である。この城で、そういう開け方をする方は一人しかいない。


     *


「姉様」


「殿下」


「その呼び方はやめてくださいと、何度も申し上げました」


「軍務中にございます」


     *


 テオドラ様は扉を閉めて、そのまま机の横に立たれた。


 二十におなりだが、立ち方は十のころから変わらない。片足に重心を乗せて、もう片方の爪先で床を叩かれる。


     *


 この方がお生まれになったとき、わたしは五つだった。


 母が陛下の乳母を務めていたので、わたしも城で育った。乳母の娘と王妹が同じ部屋で人形を並べているのは、本来おかしなことである。


 おかしなことだと気づいたのは、軍に入ってからだった。


     *


「姉様、いま忙しいですか」


「忙しゅうございます」


「では手短にします」


 手短ではなかった。


 まず、編みかけの手袋を出された。


「見てください」


「拝見しております」


「去年より上手だと思いませんか」


「思います」


「思っていない顔です!」


     *


 去年も編まれた。一昨年も編まれた。


 陛下が嵌めておられるのを、わたしは一度も見たことがない。


 ただ、三揃いとも寝室の櫃に入っている。捨てられてはいない。


 わたしはそれを、まだどなたにも申し上げていない。


「今年は指の数を数えました!」


「昨年は」


「……数えませんでした」


     *


「姉様。兄様は、お使いになりますか」


「存じません」


「姉様は、嘘が下手ですね」


「存じません」


 テオドラ様は手袋をしまわれた。


 それから、脇に挟んでおられた綴りを、机に置かれた。


     *


 供述の綴りだった。


「殿下」


「読みました」


「どちらで」


「書庫です。でも、誰も止めませんでしたよ」


 止める者はいない。


 王妹が書庫に入るのを止められる者は、この城にいない。


     *


「二百人と書いてあります」


 テオドラ様は綴りを開かれた。


「森で、こちらの兵が二百人、動けなくなったと」


「はい」


「そのあと、四日かかったと書いてあります」


「何にでございましょう」


「手当てにです」


 わたしは黙っていた。


     *


「姉様。こちらの兵です」


「存じております」


「西の者が、こちらの兵の手当てを、四日したのです」


「そう書かれております」


     *


「もう一つあります」


「殿下」


「去年の秋です。こちらの斥候が一人、西で捕らえられました」


「存じております」


「その者は、帰されております」


「帰したのです。捕らえておいて、帰したのです」


 テオドラ様は頁を戻された。


「わたくしは、そんな話をこれまでに聞いたことがありません」


「戦ではないのかもしれません」


「では、なんですか」


 わたしは答えを持っていなかった。


     *


「変です」


 テオドラ様は、それだけ言われた。


 説明はされなかった。わたしに説明を求められもしなかった。


     *


「殿下」


「はい」


「軍務にございます」


「知っています」


「では」


「はい」


     *


 テオドラ様は綴りを閉じられた。


 閉じて、しばらく表紙を見ておられた。


     *


「姉様は、変だと思わないのですか」


 わたしは答えなかった。


 答えられなかったのではない。答えてよいかどうかを、決めかねた。


 決めかねているあいだが、たぶん長すぎた。


     *


「分かりました」


 テオドラ様が言われた。


「ありがとうございます」


「何も申し上げておりません」


「はい」


     *


 テオドラ様は綴りを脇に挟み直して、扉のほうへ歩かれた。


 途中で、振り返られた。


     *


「姉様」


「はい」


「兄様には言いませんよ」


 それから、こう続けられた。


「言っても、聞いてくださらないと思うので」


     *


 扉が閉まった。


 押して開ける方は、閉めるときは静かにされる。子供のころからそうだった。


 わたしはしばらく扉を見ていた。


     *


 わたしは帳簿に戻った。


 二冊目の、開いていた頁である。三年前の秋の入荷が並んでいた。


 数字を目で追って、同じ行を二度読んだ。


     *


 わたしは何も申し上げていない。


 申し上げていないのにテオドラ様は何かを見つけ、何かに納得して、帰られた。


 このことを陛下に申し上げるべきかどうか、わたしは決めかねた。


 決めかねているうちに、日が暮れた。


     *


 六冊のうち、四冊目までを読んだ。


 三年前。二年前。去年。


     *


 麦の入荷は、去年の夏から増えていた。


 それより前の頁には、西から来た麦が一行も載っていない。


 載っていないのは、記録が漏れているからではない。


 西に、売る麦がなかったからである。


 二十年、そういう国だった。


     *


 わたしは五冊目を開かなかった。


 開かなくても、何が書いてあるかは分かっていた。分かっていて、開かなかった。


     *


 変です、とテオドラ様は言われた。


 わたしは、まだ何とも申し上げていない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ