表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白王と黒王  作者: ブルースライム
第2章:アイゼンヴァルト王国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/76

第66話:五つのうち

 地図を広げるのは、わたしの仕事である。


 卓が長いので、四隅に錘を置く。三年前に写させた一枚で、北の縁に草原があり、西と南は海で切れている。


 中央に我らがアイゼンヴァルト王国があり、帝国は一枚に収まらない。

挿絵(By みてみん)

     *


 十四名が入った。


 名簿は陛下がご自身で書いて寄越された。王付士官のクラウディア・メルダースが写し、呼び出しを出した。つまりわたしが出した。


 管掌はばらばらだった。


 東部方面と北部方面の司令官が並び、その隣に主計監がいる。軍監がいて、参謀のエルヴィーンがいて、造兵の者と、輜重の者と、書記が二人。


 いちばん端にブリッツがいた。


 彼は、この場でいちばん階級が低い。


 名簿の最後にその名を見つけたとき、わたしは書き間違いかと思って、二度読み返した。間違いではなかった。


 人選の理由は、誰も説明されていない。


 わたしも説明されていない。


     *


「メルダース士官。綴りを」


 エルヴィーン参謀が言った。


 この方はわたしを名前で呼ばない。三年、一度もない。


「はい」


 わたしは軍医の所見を開いた。


「三体、死亡を確認。異常なし」


「それだけか」


「それだけでございます」


「では、なぜ上がってきた」


     *


 わたしは次の行を読んだ。


「埋葬完了。埋葬地に石を置く旨、当該下士官より申し出あり。軍規に定めなし。差し支えなしと判断す」


「石」


 軍監が言った。


「石がどうした」


「書いてございません」


「では読む必要はない」


「読ませたのは私だ」


 陛下が振り向かれた。


     *


 窓のほうに立っておられて、それまで一度もこちらを見ていなかった。


 卓へ来て、地図の縁に手を置かれた。


「軍医が、書かなくてよいことを書いた。二十年、そういう男ではなかった」


     *


「陛下」


 エルヴィーン参謀が言った。


「西へ兵を割くお考えでしたら、反対を申し上げます」


「言え」


「東でございます」


     *


 東部方面司令官が、地図の右へ指を置いた。


「同盟の返答が、夏からございません」


「催促したか」


「三度。三度とも、検討中である、と。同じ文でございました」


「あの国の『検討』は得体が知れませぬ」


 軍監が口を挟んだ。


「先王のときもそうでございました」


「その話をするな」


     *


 陛下の声が短くなった。軍監はそこで黙った。


 この方が先王に触れられるのを好まれないことは、この場の全員が知っている。知っていて、軍監は毎回触れてくる。


     *


「北東は」


「カレンツの状況ですが」


 北部方面司令官が指を上げた。


「条約は、あと二年。更新の話は、先方から一言もございません」


「では、更新せぬ気だな」


「そう見ております」


     *


「北は」


「草原についてご報告申し上げます」


 同じ者が続けた。


「昨年、氷が薄うございました。家畜を連れて南へ下りた群れが三つ」


「境を越えたか」


「草原は境の設置が不十分ですが、恐らくは」


     *


「南は」


「商業都市連邦の状況は精緻に把握できております」


 わたしが答えた。


「西の報せは、ここを通ってまいります」


「買っているのか」


     *


「買っております」


 主計監が言った。


「麦の値は、先月の倍でございます」


「なぜ上がる」


「ほかにも買う者が出たからかと」


     *


 誰も口を開かなかった。


 わたしは値の推移を綴りに書き込んだ。買値が上がったという報告を、わたしは三ヶ月続けて上げている。


     *


「西端の小国群は」


 陛下が問われた。


 卓の端が動いた。


     *


 ブリッツが顔を上げた。


 彼はそれまで腕を組んで、地図を上下逆から見ていた。逆でも読めるのだと本人は言う。一年で覚えたとも言う。わたしは半分だけ信じている。


     *


「レーヌでいいっすか?」


「行ったことがあるか」


「三年前に。傭兵で」


「どうだった」


「城が七つあって、王が七人もいました」


「七人か」


「はい。で、七人とも、隣の王を嫌ってましたねー」


「まとまらんな」


「そうすね」


 ブリッツは肩をすくめた。


「まぁ、まとまってたら、俺は雇われてませんし」


     *


 卓のこちら側で、誰かが息を吸う音がした。


 彼が口をきくたびに、そういう音がする。


     *


「ブリッツ」


 軍監が言った。


「陛下の御前だ。その口調はもう諦めているが、せめて腕を解け」


「うす!」


 ブリッツは腕を解いた。解いて、そのまま卓に手をついた。同じことである。


 軍監は何か言いかけて、やめた。


     *


「で、陛下」


 ブリッツが言った。


「西へは、俺が行きゃいいんじゃないんすかね」


「理由を言え」


「ズバリ、早いからです!」


「早ければよいのか」


「早けりゃ大抵は片づきますよ」


「片づかなかったら」


「そのときは、まあ」


 ブリッツは少し考えた。


「どうするかちゃんと考えるっす」


     *


「あとは陛下にお任せ、と言いかけたな」


 陛下は地図から目を上げずに言われた。


「言ってないですって!」


「顔に出ている」


「あら?出てました?」


 軍監がまた名を呼んだ。ブリッツは呼ばれ終わる前に「へい」と返し、口を閉じろと言われる前に口を閉じた。この順序で片づくようになってから、もうずいぶん経つ。


     *


 閉じたまま、彼はわたしのほうを見た。


「ねえねえ、クラウちゃん?」


「なんでしょう」


「今の、悪くなかったよね?」


「悪うございました」


     *


 エルヴィーン参謀が息を吐いた。軍監は天井を見た。


 この場に慣れていない者が一人でもいれば、鼻白んだところである。慣れているので、誰も咎めなかった。三年も続けば、そういうものだということになる。


 わたしが返事をするようになったのは、去年からである。返事をしなかった年のほうが長い。彼は数えていて、たまに数を言う。


     *


「五つある」


 陛下が言われた。


 地図に手を置いたまま、顔を上げられた。


「東、北東、北、南、西。このうち、いま一番厄介なのはどれだ」


     *


「東でございます」


 参謀が即座に答えた。


「北東かと」


 北部方面司令官がそう答えた。


「西でしょ」


 ブリッツが言った。


     *


 東と答えた者が九名。北東が三名。西が一名。


 南と答えた者は、一人もいなかった。


     *


「メルダース」


「はい」


「お前は」


 わたしは少し迷った。


 迷ってから、答えた。


「自分には、分かりかねます」


「なぜだ」


「五つとも、同じ話に見えますので」


     *


 陛下は、しばらく地図を見ておられた。


 それから、指を動かされた。


 東でも、北東でも、北でも、西でもなかった。


 南の帯だった。


     *


「麦だ」


 陛下は言われた。


「西が売っている。二十万の国が、余らせて売っている。買っているのは誰だ」


 卓の端まで、誰も答えなかった。


 分からなかったからではない。分かっていて、言いたくなかったのだと思う。


「夏から返事をよこさぬ相手だ」


 陛下は指を東へ滑らせた。


「その相手が、西から買っている」


 誰も何も言わなかった。


 ブリッツが腕を組み直した。軍監は、今度はそれを咎めなかった。


 わたしは書き取る手を止めていた。止めていたことに、しばらく気づかなかった。


     *


「兵は出さん」


 陛下は言われた。


「出せば、西と話をつけにいったと見える。買っている者に、そう見える」


「では、いかがなさいます」


 参謀が言った。


「帳簿を出せ」


「帳簿でございますか」


「南の港に入った麦の量だ。三年ぶん、月ごとに」


「いつまでに」


「四日でよい」


     *


 わたしは書き取った。


 書き取りながら、この方は結局、噂では動かれないのだと思った。


 村が五つ落ちても、兵が二百戻らなくても、死んだ者が起き上がったと聞いても、動かれなかった。


     *


 動かれるのは、数が合わないときだけである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ