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白王と黒王  作者: ブルースライム
第2章:アイゼンヴァルト王国

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第65話:石を置く

*ハルトマンのイメージイラストを後書きに追加しました。

 名簿は、書庫の隣にあった。


 在籍の綴りは年ごとに分かれている。三十一年前から今日まで、名が続いている者を探した。


     *


 十七人いた。


 将官が四人。あとは下士官と、寮の者だ。


 将官は除いた。将官は北へは行かない。行くとしても、穴のそばには立たない。


     *


 残った十三人のうち、三十一年前に北の管区にいた者は、一人だった。


 ハルトマン。四十九。


 当時十八。


     *


 役職を見た。


 埋葬。


 三十一年、同じ欄に同じ字が入っていた。


     *


 私はその男を知らなかった。


 二十年、同じ軍にいる。名を聞いたこともなかった。


     *


 場所を聞くと、城の外だと言われた。


 北の門を出て、川を渡って、坂を上がったところ。歩いて半刻ほどだという。


     *


 行ってみると、野原だった。


 柵はない。門もない。道が途中で終わって、そこから先が墓地だった。


 石が並んでいる。低い石だ。膝より下で、上を平らに削ってある。


 列になっていた。間隔が同じだった。手前の列は新しく、奥へ行くほど苔が乗っている。


 数えようとして、やめた。


     *


 男が一人、穴を掘っていた。


 冬の土は固い。鍬が石に当たる音が、規則正しく続いていた。速くもなく、遅くもない。私が坂を上がりきるまで、その調子が変わらなかった。


 背は高くない。肩が厚い。腕まくりをしていて、その腕が赤かった。寒さでだ。


 外套は、掘った土の上に畳んで置いてあった。土がつかないように、裏を上にしてある。


     *


「ハルトマン」


 男は手を止めた。


 こちらを見た。それから、鍬を穴の縁に立てかけた。


「軍医殿」


「私を知っているのか」


「以前、仲間の命を救っていただきました」


     *


 それきり、この男は喋らなかった。


 私が用件を言うのを待っている、というのとも違う。ただ、立っていた。


     *


「三体、届いたな」


「はい」


「昨日、埋めたか」


「今日です」


     *


 穴は三つあった。


 二つは埋め戻してある。三つ目を掘っている途中だった。


 埋め戻したほうには、石が置いてあった。


「その石は、決まりか」


「いいえ」


     *


 私は石を見た。


 どれも同じ大きさに削ってある。上が平らで、角が落としてある。


 削るのに、一つでどれだけかかるのか私は知らない。ただ、同じ手で削ったものだということは分かった。


 三十一年ぶん並んでいた。


     *


「一つ聞きたい」


「はい」


「三十一年前、北の管区にいたか」


     *


 ハルトマンは、こちらを見た。


 顔は動かなかった。動かないことが、答えのように思えた。


「おりました」


「村へ行ったか」


「行きました」


「十六名」


「十六名です」


     *


 私は、そこで少し待った。


 この男は続けなかった。


 嘘をついている顔ではない。隠している顔でもない。訊かれたことに答えて、それで終わった顔だった。


     *


「記録には、処置済みとだけある」


「はい」


「何を処置した」


「書いていないことは、話せません」


     *


 そういう返事だった。


 軍にはそういう決まりがある。私も二十年、その決まりで暮らしてきた。


     *


 私は帰るつもりで、一歩下がった。


 下がってから、この男が口を開いた。


「軍医殿」


「なんだ」


「あれは、記録に残っておりますか」


「残っている」


「そうですか」


     *


 ハルトマンは、穴のほうを見た。


「では、いつか誰かが読みますな」


     *


 私は何と答えるべきか分からなかった。


 読んだ、と言えばよかったのかもしれない。言わなかった。


     *


 この男は、鍬を取り直した。


 それから、掘りながら言った。


「埋めたら、駄目でした」


     *


 私は足を止めた。


「なんだと」


「埋めたら、駄目だったので」


 鍬が土に入る音がした。


「あとは、書いてないことです」


     *


 それきり、この男は掘り続けた。


 私は坂を下りた。


 途中で、石を一つ踏みそうになった。列から外れて、一つだけ低いところにある。苔で字が読めなかった。


     *


 川のところで、一度振り返った。


 まだ掘っていた。


 鍬の音は、ここまでは届かなかった。


     *


 埋めたら駄目だった、という言い方がある。


 穴が浅かった。獣が掘り返した。水が出た。土が緩んだ。


 二十年で、何度も聞いた言い方だ。


     *


 どれかだろう、と私は思った。


 思ってから、思い直した。


     *


 穴が浅ければ、深く掘る。獣が出れば、石を置く。


 どれも、その日のうちに直る話だ。


 三十一年、覚えている話ではない。


     *


 城へ戻って、私は所見の綴りを開いた。


 三体、死亡を確認。異常なし。


 その下に、書き足した。


     *


 埋葬完了。埋葬地に石を置く旨、当該下士官より申し出あり。


 軍規に定めなし。差し支えなしと判断す。


 軍医 レンツ。


     *


 書きながら、私は自分が何を残そうとしているのか、よく分かっていなかった。


 ただ、書いておけば、いつか誰かが読む。


 あの男が言ったのは、そういうことだと思った。

ハルトマン

挿絵(By みてみん)

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