第65話:石を置く
*ハルトマンのイメージイラストを後書きに追加しました。
名簿は、書庫の隣にあった。
在籍の綴りは年ごとに分かれている。三十一年前から今日まで、名が続いている者を探した。
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十七人いた。
将官が四人。あとは下士官と、寮の者だ。
将官は除いた。将官は北へは行かない。行くとしても、穴のそばには立たない。
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残った十三人のうち、三十一年前に北の管区にいた者は、一人だった。
ハルトマン。四十九。
当時十八。
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役職を見た。
埋葬。
三十一年、同じ欄に同じ字が入っていた。
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私はその男を知らなかった。
二十年、同じ軍にいる。名を聞いたこともなかった。
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場所を聞くと、城の外だと言われた。
北の門を出て、川を渡って、坂を上がったところ。歩いて半刻ほどだという。
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行ってみると、野原だった。
柵はない。門もない。道が途中で終わって、そこから先が墓地だった。
石が並んでいる。低い石だ。膝より下で、上を平らに削ってある。
列になっていた。間隔が同じだった。手前の列は新しく、奥へ行くほど苔が乗っている。
数えようとして、やめた。
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男が一人、穴を掘っていた。
冬の土は固い。鍬が石に当たる音が、規則正しく続いていた。速くもなく、遅くもない。私が坂を上がりきるまで、その調子が変わらなかった。
背は高くない。肩が厚い。腕まくりをしていて、その腕が赤かった。寒さでだ。
外套は、掘った土の上に畳んで置いてあった。土がつかないように、裏を上にしてある。
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「ハルトマン」
男は手を止めた。
こちらを見た。それから、鍬を穴の縁に立てかけた。
「軍医殿」
「私を知っているのか」
「以前、仲間の命を救っていただきました」
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それきり、この男は喋らなかった。
私が用件を言うのを待っている、というのとも違う。ただ、立っていた。
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「三体、届いたな」
「はい」
「昨日、埋めたか」
「今日です」
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穴は三つあった。
二つは埋め戻してある。三つ目を掘っている途中だった。
埋め戻したほうには、石が置いてあった。
「その石は、決まりか」
「いいえ」
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私は石を見た。
どれも同じ大きさに削ってある。上が平らで、角が落としてある。
削るのに、一つでどれだけかかるのか私は知らない。ただ、同じ手で削ったものだということは分かった。
三十一年ぶん並んでいた。
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「一つ聞きたい」
「はい」
「三十一年前、北の管区にいたか」
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ハルトマンは、こちらを見た。
顔は動かなかった。動かないことが、答えのように思えた。
「おりました」
「村へ行ったか」
「行きました」
「十六名」
「十六名です」
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私は、そこで少し待った。
この男は続けなかった。
嘘をついている顔ではない。隠している顔でもない。訊かれたことに答えて、それで終わった顔だった。
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「記録には、処置済みとだけある」
「はい」
「何を処置した」
「書いていないことは、話せません」
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そういう返事だった。
軍にはそういう決まりがある。私も二十年、その決まりで暮らしてきた。
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私は帰るつもりで、一歩下がった。
下がってから、この男が口を開いた。
「軍医殿」
「なんだ」
「あれは、記録に残っておりますか」
「残っている」
「そうですか」
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ハルトマンは、穴のほうを見た。
「では、いつか誰かが読みますな」
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私は何と答えるべきか分からなかった。
読んだ、と言えばよかったのかもしれない。言わなかった。
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この男は、鍬を取り直した。
それから、掘りながら言った。
「埋めたら、駄目でした」
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私は足を止めた。
「なんだと」
「埋めたら、駄目だったので」
鍬が土に入る音がした。
「あとは、書いてないことです」
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それきり、この男は掘り続けた。
私は坂を下りた。
途中で、石を一つ踏みそうになった。列から外れて、一つだけ低いところにある。苔で字が読めなかった。
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川のところで、一度振り返った。
まだ掘っていた。
鍬の音は、ここまでは届かなかった。
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埋めたら駄目だった、という言い方がある。
穴が浅かった。獣が掘り返した。水が出た。土が緩んだ。
二十年で、何度も聞いた言い方だ。
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どれかだろう、と私は思った。
思ってから、思い直した。
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穴が浅ければ、深く掘る。獣が出れば、石を置く。
どれも、その日のうちに直る話だ。
三十一年、覚えている話ではない。
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城へ戻って、私は所見の綴りを開いた。
三体、死亡を確認。異常なし。
その下に、書き足した。
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埋葬完了。埋葬地に石を置く旨、当該下士官より申し出あり。
軍規に定めなし。差し支えなしと判断す。
軍医 レンツ。
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書きながら、私は自分が何を残そうとしているのか、よく分かっていなかった。
ただ、書いておけば、いつか誰かが読む。
あの男が言ったのは、そういうことだと思った。




