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白王と黒王  作者: ブルースライム
第2章:アイゼンヴァルト王国

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第64話:異常なし

 王都軍医寮 軍医 レンツ


 一、境より遺体三体を送る。

 一、検分のうえ、死亡を確認せよ。

 一、所見は当職宛とせよ。


        参謀本部 エルヴィーン


     *


 命令書は三行だった。


 私は二十年、軍医をしている。


 命令書というものは、たいてい何も書いていない。運べ、診ろ、報告しろ。それで足りるからだ。


 今度のは足りていた。足りていて、一行多かった。


 死亡を確認せよ、というのがそれだ。


     *


 軍は遺体を運ばない。


 埋める。名を控えて、遺品を抜いて、その場に埋める。二十年、そうしてきた。運ぶのは将官だけで、それも冬に限る。


 今度の三体は、二等兵と一等兵と、一等兵だった。


 四日かけて運ばれてきた。


     *


 棺は開けてあった。


 運んできた者が、蓋を横に立てかけたまま出ていった。名を聞いたが、答えずに出ていった。四日、この三つと同じ荷車にいたのだから、無理もない。


 冬でよかったと思った。夏なら、こういうことにはならない。運ぶ途中で、荷車の者が耐えられなくなる。


     *


 一体目。


 男、二十七。左の鎖骨の下から入って、背へ抜けている。槍だ。即死だろう。手を握らせてあったが、指はもう硬い。


 瞳孔を見た。開いている。戻らない。


 胸に耳を当てた。何も聞こえない。


 肌を押した。戻らない。


 死んでいる。


     *


 二体目。


 男、三十四。腹。こちらは時間がかかっている。運ばれる途中で死んだのだろう。布に血が固まった跡が、腰の下まで続いていた。


 同じことをした。


 死んでいる。


     *


 三体目。


 男、十九。首の横。


 この年の兵は多い。多いので、いちいち何も思わないようにしている。


 思わないようにするのと、思わないのは違う。二十年やっても、そこは変わらなかった。


 同じことをした。


 瞳孔。胸。肌。順に見て、順に確かめた。


 死んでいる。


     *


 私は手を洗った。


 それから、遺品を並べた。


 二十七の男は、小刀と、留め金の壊れた財布と、木彫りの鳥を持っていた。鳥は下手だった。自分で彫ったのだろう。


 三十四の男は、櫛と、畳んだ紙。紙は開かなかった。開かずに返すのが決まりだ。


 十九の男は、何も持っていなかった。


     *


 何も持っていない兵は、たまにいる。


 賭けで取られたか、最初から持っていなかったか、どちらかだ。


 私は自分の抽斗から、真鍮のボタンを一つ出して、袋に入れた。


 軍規にはない。二十年やっている。


     *


 報告書は一行で済んだ。


 三体、死亡を確認。異常なし。


     *


 書いてから、私はしばらく紙を見ていた。


 異常なし、と書いた。


 死んでいる者が死んでいることを、異常なし、と書いた。


     *


 二十年、そんな報告を書いたことがない。


 書く必要がなかったからだ。


     *


 夕方、もう一人診るように言われた。


 生きているほうだった。


     *


 カスパー・レーヴェ、十九。三番中隊。


 腕に切創が一つ。縫ってある。縫ったのは前線の者だろう。目が粗いが、悪くない。


 熱はない。脈は速い。少し速いだけだ。


 瞳孔も、舌も、爪も見た。


 どこも悪くない。


     *


「よく眠れているか」


「いいえ」


「食えているか」


     *


 この兵は、そこで少し黙った。


「四日、食えませんでした」


「いまは」


「食えます」


「何があった」


「言われました」


「何と」


「生きている者は食う、と」


     *


 私は書き取った。


 書き取ってから、筆を止めた。


     *


 その言い方は、医者の言い方ではない。


 誰が言ったのかを聞こうとして、やめた。聞いてはいけないことを聞く前に、私はたいてい気づく。二十年、それで首が繋がっている。


     *


 所見は書けた。


 カスパー・レーヴェ、身体に異常なし。就寝時の不眠あり。安静を要す。


 軍医 レンツ。


     *


 異常なし。


 今日、二度目だ。


     *


 夜、私は書庫へ下りた。


 軍の記録は、二百年ぶんある。私が見るのは、たいてい傷と病の綴りだ。同じ傷は同じように治るし、同じ病は同じように広がる。二百年ぶんあれば、たいていのことは書いてある。


 私が探したのは、そちらではなかった。


     *


 死亡の確認、という項目があるかを見た。


 あった。


     *


 薄い綴りだった。


 傷の綴りは、一年ぶんで私の腕の長さほどある。こちらは二百年で、指二本ぶんもない。


 七件しかなかった。


     *


 七件とも、書式が同じだった。


 場所。日付。人数。そして最後に一行。


 処置済み。


     *


 何を処置したのかは、書いていない。


 誰が処置したのかも、書いていない。


     *


 場所は、いずれも村だった。町のものは一件もない。


 人数は、少ないもので四名、多いもので二十八名。


     *


 一番新しいものは、三十一年前だった。


 北の村。十六名。処置済み。


     *


 私はその紙を、しばらく見ていた。


 三十一年前なら、覚えている者がいる。


 この軍で三十一年いる者は、多くはないが、いないわけでもない。


     *


 綴りを戻した。


 戻してから、もう一度出して、日付を書き写した。


     *


 軍医の仕事は、死んだ者を数えることである。


 起きた者を数える仕事は、聞いたことがない。

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