表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白王と黒王  作者: ブルースライム
第2章:アイゼンヴァルト王国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/76

第62話:腹が減っていました

 四日、馬車に乗せられた。


 国境から王都まで、休みが二度あった。二度とも、自分は降ろされなかった。降りていいと言われなかったからだ。


 城に着いたのは、夕方だった。


 通されたのは小さな部屋だった。卓が一つ、椅子が二つ。窓が高いところにある。


 待て、と言われて、待った。


     *


 しばらくして、ひと目見たら二度と忘れないほどの、美しい女士官が入ってきた。


 背が高い。軍装だった。階級章を見ようとしたが、目が霞んでよく読めなかった。四日、字を見ていない。


「カスパー・レーヴェ。三番中隊」


「はい」


「十九」


「はい」


「食え」


     *


 盆が置かれた。


 パンと、豆と、干した肉。湯気が出ていた。


 自分は手を出した。


 出してから、止まった。


     *


 あの森でも、腹が減っていた。


     *


 思い出すのは、いつもそこからだ。


 順番がおかしいのは分かっている。順番どおりなら、まず戦があって、それから森へ逃げて、それから三人が起き上がる。


 自分の頭は、そういう順番で覚えていない。


 最初に来るのは、腹が減っていたことだ。


     *


 あの日、朝から何も食っていなかった。


 ヴィリと、オトマーのおっさん、名前を知らない一人と、自分の四人で森に入った。


 ヴィリは腹をやられていた。おっさんは喉だった。名前を知らない一人は、走っているうちに倒れて、そのまま動かなくなった。


 自分は腕だけだった。布を巻いた。結び目が固くなりすぎたが、直す気力がなかった。


     *


 半刻ほどして、ヴィリが動かなくなった。


 おっさんはその前から動いていなかった。


 自分は二人を並べた。


 それから、木にもたれて座った。


     *


 そのとき、腹が減った。


 はっきり減った。


 三人が横になっているところで、自分の腹が鳴った。


     *


 嚢を探した。


 朝、パンを半分残していたはずだった。あった。


 食った。


     *


 食ってから、叫んだ。


 仲間を助けてくれ、と叫んだ。


     *


 いま思うと、順番がおかしい。


 先に叫べばよかった。


     *


「食え」


 女の士官が、もう一度言った。


「食べられません」


「なぜだ」


「腹が減っています」


     *


 自分はそう答えた。


 答えてから、言っていることが変だと気づいた。


     *


「レーヴェ」


「はい」


「腹が減っていると言ったな」


「はい」


「では、食えん理由が別にあるということか」


     *


 自分は顔を上げた。


 女の士官は続ける。


「森で、何か食ったな」


「……はい」


「仲間が横になっているところで」


「はい」


「何を」


「パンです。半分だけ」


     *


「そうか」


 女の士官は、それだけ言った。


 叱られるのだと思った。叱られなかった。


     *


「レーヴェ二等兵」


「はい」


「お前は生きて帰ってきた」


「はい」


「生きている者は食う。負い目は不要だ」


     *


 自分は手を出した。


 パンを割って、口に入れた。


 豆も食った。肉も食った。


 味がした。あの日から、初めてだった。


 途中で手が止まらなくなって、盆が空になるまで食った。


 食い終わってから、自分は下を向いていた。


 涙が頬を流れた。


     *


「一つ、聞いてもいいですか」


「言え」


「なぜ、先に飯を出したんですか」


「決まりだ」


     *


 女の士官は、それ以上答えなかった。


 自分にはよく分からなかったが、軍にはそういう決まりがいくらでもある。


     *


 陛下が入ってこられた。


 自分は立って、頭を下げた。下げてから、立つべきだったのか跪くべきだったのか分からなくなった。


 誰も直さなかった。


 もう一人、年配の男が一緒だった。参謀の徽章をつけている。


     *


「話せ」


 陛下はそれだけ言われた。


 自分は話した。


     *


 森に入った男は、兵ではなかった。


 鎧を着ていない。剣も帯びていない。若い。自分と同じくらいか、少し下に見えた。


 その男が入ってきたあと、鳥が出た。


 それから、ヴィリとおっさんが音も無く起き上がった。


 そのあと、木にもたれていた一人が息を止めて、すぐに立った。


 三人とも、その男のほうを見ていた。


     *


「三人が、起き上がりました」


 自分はそう言った。


 言い終わって、部屋が静かになった。


     *


 参謀の男が口を開いた。


「レーヴェ二等兵」


「はい」


「腕をやられ、血を失い、半日、飲まず食わずでいたな」


「はい」


「そういう者が何を見るかは、軍では二百年ぶん、記録している」


「はい」


「認めるか」


     *


「認めます」


 自分はそう答えた。


「自分がおかしくなっていたのなら、そのほうがいいです」


     *


 参謀の男は、そこで少し黙った。


 それから、陛下のほうを向いた。


「陛下。この者の申し立ては、証言として立ちませぬ」


「そうだろうな」


「にもかかわらず、お聞きになりますか」


「聞く」


「根拠は」


「三人だ」


     *


 陛下は卓に指を置かれた。


「起き上がったのが一人なら、こいつの目だ。二人でも、まだ目だ。三人が同じ向きを見たと言っている」


「幻はいくらでも数を増やします」


「増やす。だが揃えん」


     *


 参謀の男は、それきり口を開かなかった。


 自分には、二人が何を話しているのか半分も分からなかった。


 ただ、この二人は、こういう話し方をいつもしているのだろうと思った。


     *


「一つ、よろしゅうございますか」


 女の士官が言った。


「その男は、何を持っていた」


「袋です」


「何の袋だ」


「布の。肩から掛けていました」


「中身は」


「分かりません」


 自分は言った。


「ただ、草の匂いがしました」


     *


 部屋が静かになった。二度目だった。


     *


「陛下」


 声が出た。


 勝手に口をきいたことに、言ってから気づいた。止められなかった。


「なんだ」


「自分が呼んだんです」


「何をだ」


「仲間を助けてくれと、叫びました。声を上げなければ、あれは通り過ぎました。森は道から外れています。誰も入ってきません」


     *


 自分は、そこで一度息を吸った。


「自分が呼んだから、来ました」


     *


 誰も何も言わなかった。


 女の士官が、こちらを見ていた。目を逸らさなかった。


 参謀の男は、窓のほうを見ていた。


     *


「レーヴェ」


 陛下が問われた。


「はい」


「もう一度だけ聞く」


「はい」


「その男は、笑ったか」


     *


「笑いました」


「どんなふうに」


     *


 自分は、答えられなかった。


 どんなふうに、と聞かれて、初めて思い出した。


 あれは、こちらを心配している顔だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ