第59話:似ています
陣は、境の手前にあった。
杭の並びから、少し西へ入ったところだ。天幕が張ってあって、その周りに人が立っている。柵はない。柵を作る理由がないのだと思った。
ギヨームさんが出てきた。
「小僧」
「ギヨームさん」
「来ると聞いた」
「痛いと言っている人がいます」
ギヨームさんは、少しのあいだ黙っていた。
「奥だ」
*
膝を潰された者が四人、肩をやられた者が七人いた。
私は薬草を煎じて、油を塗って、布を巻いた。
効かないのは分かっている。夏からずっとそうだ。それでも巻くと、痛いと言わなくなる人がいる。巻いているあいだだけかもしれないが、そのあいだは静かになる。
十一人を終えて、私は顔を上げた。
*
声は、減っていなかった。
*
「まだ聞こえます」
私が言うと、ギヨームさんは天幕の向こうを見た。
私はそちらへ歩いた。
*
東の人たちがいた。
二百人ほどが、こちらの兵と同じ間隔で並んでいる。同じ向きで、同じ姿勢で。並んでいるところを見ただけでは、どちらがどちらか分からない。鎧の金具の位置が違うだけだ。
私は前に立った。
*
みんな、傷があった。
腹をやられた者。喉をやられた者。胸に穴のある者。血は止まっているが、どれも塞がっていない。
新しい傷だった。
城で見るものとは違う。城の人たちの傷は、もう乾いて、縁が丸くなっている。ここの傷は、まだ形が生々しかった。
*
「いつからですか」
「四日前だ」
ギヨームさんが答えた。
四日前。私が声を聞いた夜だ。
*
私は薬草の袋を開けた。
二百人ぶんはない。到底足りない。それでも順に見ていった。深いものから先にした。布が尽きたので、供の者に町まで走ってもらった。
夕方までかかった。
半分も終わらなかった。
*
それでも、声は減った。
*
夜、私は天幕の外に座っていた。
ギヨームさんが来て、隣に立った。
「小僧」
「はい」
「なぜ、あれを診る」
「痛いと言っていたからです」
*
ギヨームさんは、口を開けた。
息を一度吸って、そこで止まった。
私は待った。この人が言葉を探すのを、前にも見たことがある。丘の下で初めて会った日にも、こうなった。
やがて、こう言った。
「そうか」
「はい」
「明日も冷える。中で寝ろ」
*
次の日の昼、東のほうで音がした。
鉄の音だ。遠い。
境の近くで衝突したのだと、供の者が言っていた。こちらは動かず、向こうが来て、そのまま退がったらしい。
私は天幕の中で布を巻いていた。手が空かないので、そのままにした。
*
昼を過ぎたころ、声が聞こえた。
仲間を助けてくれ、と言っていた。
頭の中ではなかった。耳で聞こえた。
私は手を止めた。
*
外へ出た。
杭の並びの向こうに、森が見える。木が生い茂っていて奥は見えない。
声は、そちらから聞こえてくる。
「行ってきます」
私はそう言って、走り出した。
*
誰も止めなかった。
供の者が後ろについた。ギヨームさんも来た。
杭のところで、後ろの足音が一度乱れた。誰かが止まりかけて、それからまた歩き出した音だった。
私は振り返らなかった。
*
杭を越えた。
何も起きなかった。
草の色も、風の向きも、地面の硬さも、こちら側と同じだった。杭がなければ、越えたことも分からない。
*
だが、直後に、森が動いた。
鳥が出た。梢から、何羽も、いっぺんに。はばたく音が上から降ってきて、それが遠ざかっていった。
下のほうでも何かが動いた。草が割れて、茶色いものが走っていく。鹿だと思う。二頭いた。
私は立ち止まって、それを見送った。
驚かせてしまったと思った。
*
奥へ進むと、木の根元に人がいた。
一人が膝をついている。腕に布を巻いていた。血が滲んでいたが、自分で巻いたらしく、結び目が固かった。若い。私と同じくらいか、少し上に見えた。
叫んだのは、恐らくこの人だ。
*
私は近づいた。
「大丈夫ですか」
返事はなかった。
こちらを見ていない。
私の後ろを見ていた。
*
私は振り返った。
*
二人、立っていた。
少し離れたところだ。木のあいだに、こちらを向いて立っている。
地面に、二つ、人の形の窪みがあった。草が倒れて、そこだけ色が違っている。
さっきまで横になっていたのだと分かった。
二人とも、私を見ていた。同じ角度だった。
*
もう一人いた。
木にもたれて座っている。腹に手を当てていた。息が浅くて、間が長い。
私はそちらへ行った。
手を伸ばす前に、動いた。
腹から手を離して、木に手をついて、立ち上がった。こちらを向いた。
三人が、同じ角度で私を見ていた。
*
膝をついていた人が、後ろへ下がった。
尻をついて、それでも下がった。踵で土を掻いて、木の根に背中が当たるまで下がった。
口が開いていた。
声は出ていなかった。
*
「良かった」
私は言った。
「四人とも、無事ですね」
*
返事はなかった。
その人は私を見ていた。目を逸らさなかった。逸らさないのではなく、動かせないように見えた。
もう木の根に当たっているのに、まだ足が動いていた。踵が土を掻いている。
私はその足を見て、痙攣だと思った。
村でも、寒い日に長く動かずにいた人が、こうなることがあった。冷えると起きる。あたためてやれば止まる。
三人を運んでここまで来たのだとしたら、無理もない。
あとで診てあげようと思った。
*
ギヨームさんは、森の入口に立ったままだった。
入ってこない。
私が呼ぶと、来た。
三人を見て、それから足元を見て、それから来た道のほうを見た。杭のある方角だ。
何も言わなかった。
*
私は立って、あたりを見た。
木が高い。下草が薄い。倒れた木が一本あって、その上に苔が乗っている。
鹿の走っていった先に、細い道のようなものが見えた。獣が通る道だ。村の森にもあった。
「この森」
私は言った。
「村の森に、似ています」
誰も答えなかった。
*
リゼットを、今度ここに連れてこようと思った。
森の話をしてくれと、いつも言う子だ。話すよりも、来たほうが早い。倒れた木を跨いで、沢を渡って、獣の道を見せてやればいい。
あの子は、まだ私の腰まで伸びていない。
伸びたら、連れてくる。




