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白王と黒王  作者: ブルースライム
第1章:ヴィタリス王国 王都

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第55話:違う理由で

 ベルナールさんが発ったのは、朝のうちだった。


 馬車が門を出ていくのを、私は階の上から見ていた。五日いて、六日目に発った。荷は来たときと同じだけだった。


 見送りに出たのは私とヴァレリーさんだけで、アンリさんは執務室にいた。


     *


 その日から、私は少し落ち着かなくなった。


 病だと言われた。名前がついた。


 名前がつけば、手の打ちようがある。村ではいつもそうだった。何の病か分かるまでは何もできないが、分かればやることが決まる。煎じるのか、冷やすのか、寝かせるのか。


 みんなが痩せていくのを、半年見てきた。


 やっと、そこから先へ進める。


     *


「ベルナールさんは、いつ頃お返事をくださるでしょう」


 私が聞くと、ヴァレリーさんは少しのあいだ考えた。


「早くてふた月。遅ければ半年かと」


「半年」


「教会は、急ぎませぬゆえ」


 私はうなずいた。


 待つと言ったのは私だ。だから待てばいい。


 ただ、待っているあいだに何もしないのは、違う気がした。


     *


 それで、リリーベルさんのことを思い出した。


 セシルさんのお師匠さんだ。夏から南にいて、まだ戻っていない。


 腕のことも、乾きのことも、その方のほうが詳しいのだとセシルさんは言っていた。


 ベルナールさんの返事が来るまでに、リリーベルさんにも聞けたらいい。


 同じことを二人に聞いて、両方から答えをもらえば、それだけ早く分かる。


 早ければ、それだけ早く、みんなが楽になる。


     *


 執務室に、アンリさんはいなかった。


 卓の上に書類が積んである。角が揃っていた。


 途中で立ったのだと思った。この人は、いつも揃えてから席を離れる。


 ヴァレリーさんの部屋にも寄った。こちらも空だった。


     *


 階段のところで、城の者に会った。


 水の入った桶を提げている。私が声をかけると、桶を置いて頭を下げた。


「アンリさんを見ませんでしたか」


「はい」


「どちらに」


「古い執務室のほうへ」


 その人は言った。


「ヴァレリー様と、お二人で」


     *


 古い執務室、という部屋を私は知らなかった。


 聞くと、西南棟にあるという。アンリさんが王だったころに使っていた部屋で、いまは誰も使っていない。


 礼を言って、そちらへ歩いた。


 西南棟へ行くのは初めてだった。


     *


 廊下は長かった。


 窓の桟に埃が積もっている。


 この城で埃を見たのは、初めてだった。誰も通らないから、誰も拭かないのだと思った。城の者は毎日、同じところを何度も拭いている。拭くところが決まっているのだろう。


 燭台が壁に並んでいるが、蝋燭が挿さっていない。もっとも、挿さっていても誰も灯さない。


 扉がいくつも並んでいた。どれも閉まっている。


 突き当たりに、もう一つあった。


     *


 声がした。


 二人の声だ。くぐもっていて、言葉までは分からない。


 私は手を止めた。


 話の途中に入るのは悪い。村でも、大人が話しているところへ子供が入ると叱られた。婆さんの家では、戸の前で待たされたことが何度もある。


 少しだけ待つことにした。


     *


 待っているうちに、言葉が拾えるようになった。


「いつまで南に置いておくおつもりか」


 アンリさんの声だった。


「戻せば、陛下は会いに行かれます」


「それは、私も申しました」


「では、話は済んでおりましょう」


     *


「済んでおりません」


 アンリさんの声が、少しだけ大きくなった。


「あなたと私では、置いておく理由が違う」


「結ばれる先は、同じにございましょう」


「同じにはならぬ」


 アンリさんは言った。


「あなたのものは、いずれ解ける」


     *


 しばらく、どちらも喋らなかった。


 私は扉の前で待っていた。


 入るなら今だと思ったが、手が動かなかった。二人の声の間が長すぎて、入っていい間なのかどうか、私には分からなかった。


     *


 私はその言い方に、覚えがあった。


 冬に、ヴァレリーさんが同じことを言った。アンリさんとは違う理由で、と。


 あのときは、ヴァレリーさんが言った。


 今日は、アンリさんが言っている。


 二人とも、違うと言う。


 何が違うのかは、やはり分からなかった。


     *


「……ベルナールのこともそうだ」


 私は扉を開けた。


 ベルナールさんの話をしているのだと思ったからだ。返事のことで、何か分かったのかもしれない。


     *


 部屋は狭かった。


 窓が一つ。卓が一つ。椅子は二脚しかない。


 卓の上には何も載っていなかった。紙も、筆も、灯りもない。


 二人とも立っていた。座らずに話していたらしい。


 こちらを向いた。


「陛下」


 アンリさんが言った。


 さっきまでの声とは、高さが違った。


「いかがなさいました」


     *


 私はリリーベルさんのことを話した。


 ベルナールさんの返事を待つあいだに、腕のことを聞けないかと思ったのだと言った。


 アンリさんが答えた。


「陛下がお会いになる筋合いのものではございません」


 ヴァレリーさんが続けた。


「私も、そう存じます」


     *


 同じ答えだった。


 冬に聞いたときと、一字も違わない気がした。


「分かりました」


 私は言った。


「またにします」


 二人が頭を下げた。同じ角度だった。


     *


 部屋を出るとき、私は一度だけ振り返った。


 二人はまだ立っていた。卓を挟んで、向かい合っている。


 椅子は二脚とも空いたままだった。


     *


 廊下を戻りながら、私は考えていた。


 なぜ、あんなところで話していたのだろう。


 執務室のほうが広いし、灯りもあるし、椅子もたくさんある。わざわざ西南の端まで歩く理由が、私には思いつかなかった。


 静かなところがよかったのだろうと思った。


 城には人が多い。廊下にも、階段にも、庭にも立っている。話をするなら、誰もいないところのほうがいい。


 村でも、大事な相談は納屋でやっていた。


     *


 もう一つ、考えたことがある。


 アンリさんとヴァレリーさんは、いつも同じことを言う。


 村では、仲の悪い人ほど違うことを言った。共同の井戸をどこに掘るかで、二人が別々のことを言い出すと、それだけで話が三日は延びた。誰かが怒鳴って、誰かが帰って、次の日にまた集まる。


 この二人には、それがない。


 聞けば、いつも揃っている。


 たぶん、仲がいいのだと思う。

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