第37話:仰せになりました
帰りの四日を、私は説明の順序を考えて過ごした。
アンリさんに話すことが多い。
国境の帯のこと。五つの村の千二百人を、こちらへ移すこと。土地が要ること。家が要ること。麦は余っているから食べ物は足りること。
それから、布のこと。
砦の兵に布を送りたい。巻いても治らないと言われたが、それでも送りたい。理由をうまく言えないので、そこはアンリさんに聞いてもらってから考えようと思った。
ロランさんが横で馬を並べていた。
「アンリさんは、反対するでしょうか」
「なさらぬかと」
「土地の手配は、大変ですよね」
「大変にございましょう」
「無理ならやめます。人を困らせてまで、というのは違うと思うので」
ロランさんは何も言わなかった。
*
王都に着いたのは、四日目の夕方だった。
門をくぐって、私は少し変だと思った。
荷車が多い。
街道から門へ、荷を積んだ車が続いていた。すれ違うのに何度か馬を寄せた。材木を積んだものが多かった。梁になりそうな長いものだ。
「工事でもあるんでしょうか」
「そのようで」
ロランさんはそう答えた。
城下の広場を通ると、そこにも材木が積んであった。人が数えていた。数えている者と、書きつけている者と、運ぶ者。
私はそれを見ながら通り過ぎた。
*
執務室に入ると、アンリさんとヴァレリーさんが両方いた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま戻りました」
私は椅子に座った。四日ぶりだ。座面が高いのは、まだ慣れない。
「アンリさん。話があります」
「承っております」
「え?」
私は少し止まった。
「承っている、というのは」
「東部の件にございます」
*
私はうまく飲み込めなかった。
「私、まだ何も言っていません」
「はい」
アンリさんは書類の束を卓に置いた。私の腕の長さほどの厚みがあった。
「土地の割り当てが済んでおります。中央管区の南、川沿いの平地を三か所。合わせて千二百人ぶんかと」
「もう?」
「家の材が、本日から入っております」
「あの材木は」
「さようでございます」
私は窓の外を見た。
まだ荷車の音がしていた。
*
「陛下」
ヴァレリーさんが言った。
「使者も出ております」
「使者?」
「東へ。国境の管区へ三名。加えて、あちらの王都へ二名」
「いつ出したんですか」
「陛下が仰せになった日に」
私は数えた。
砦の塔で、地図を見ながら助けましょうと言った。あれは四日前の朝だ。私はその日のうちに砦を出て、四日かけて帰ってきた。
使者は、私が塔を下りる前に出たことになる。
「なぜ分かったんですか」
ヴァレリーさんは、少しのあいだ黙った。
「伝わっております」
「誰から」
「誰から、ということは」
そこで言葉が止まった。
私は待った。
「ございません」
*
私はそれ以上聞かなかった。
聞いても同じだと思ったからだ。前にもあった。私が夜に執務室で言ったことが、翌朝には街の端まで届いていた。早馬も出していないのに、みんなが休んでいた。
あのときも理由は分からなかった。
みんな、よく聞いてくれるのだ。そう思うことにした。
「では、あとは待つだけですね」
私は言った。
「向こうが手放してくれれば、連れてこられます」
「はい」
「断られたら、また考えましょう」
ヴァレリーさんは、私を見ていた。
*
「陛下」
「はい」
「兵のことにございますが」
「兵?」
「東部方面へ、増派が始まっております」
私は椅子から少し身を起こした。
「増派というのは何のことでしょう」
「三千を送っております。半数は既に出立いたしました」
「三千の、兵ということですか?」
私はその数を、うまく思い描けなかった。
村の百人が三十村ぶんだ。それが東へ歩いている。
「私、兵を出してくださいとは言っていません」
「はい」
「一度も言っていません」
「さようでございます」
ヴァレリーさんはうなずいた。
うなずいてから、こう続けた。
「陛下は、助けましょうと仰せになりました」
*
私は言い返せなかった。
言った。確かに言った。塔の上で、地図を見ながら、あの千二百人を連れてきましょうと言った。
それは本心だ。いまでもそう思っている。
けれど、私が思い描いていたのは違う形だった。
使者が行って、話をして、向こうが分かりましたと言って、荷物をまとめた人たちが街道を歩いてくる。私はそれを門で迎える。パンを配る。家を建てる。冬までに間に合わせる。
そういうものだと思っていた。
三千の兵は、その絵の中にいなかった。
「三千は、何をするんですか」
「移送の護りにございます」
ヴァレリーさんは言った。
「千二百人が、家財を持って国境を越えます。年寄りも子供もおります。道中で襲われれば、それまでにございます」
それは、そのとおりだった。
*
私はアンリさんを見た。
この人は、さっきから一言も言っていない。
「アンリさん」
「はい」
「三千は、要りますか」
アンリさんは書類の角を揃えた。
「要ります」
「そうですか」
「陛下」
「はい」
「兵を出すというのは、そういうことにございます」
それだけ言って、次の紙を取った。
私はその言葉の意味を、あとになって何度も考え直すことになる。そのときは、護りが要るという話だと思っていた。
*
その夜、私は寝台の上で天井を見ていた。
悪いことは、何もしていないはずだ。
困っている人を助けたい。そう言った。みんなが動いてくれた。家が建つ。土地がある。麦は余っている。冬までに間に合う。
それなのに、落ち着かなかった。
私が言ったのは、助けましょう、だけだ。
その言葉から、土地が三か所と、材木の荷車と、使者が五人と、兵が三千出てきた。
どこでそうなったのだろう。
考えたが、分からなかった。
*
布のことを、その日は言い忘れた。
思い出したのは次の朝で、私はアンリさんに言った。砦の兵に布を送りたい、と。
アンリさんは書きつけた。
三日後、砦から報せが来た。届いたという。
私が言えば、そうなる。
そのことに、私はまだ慣れていなかった。




