第33話(幕間):あとは我らがやる
ギヨーム隊の二千八百四十一人。
わしが土をかけた数だ。
将になってから二十年、一つも欠かさず数えてきた。埋葬に立ち会えなかった者も、後で報告を受けて足した。数は合っておる。
人の名は覚えられん。二千を超えたあたりで諦めた。わしは頭が良くないので、名と顔が結びつかん。
数だけが残った。
*
土をかけるとき、こう言う。
よく戦った。あとは我らがやる。
誰が始めたのか知らん。わしが兵になった年には既にそう言っていた。班長が言い、隊長が言い、わしも言うようになった。
二千八百四十一回、同じことを言った。
最初のうちは意味を考えていた。あとは我らがやる、と言うからには、やらねばならん。やって、勝って、こいつの分まで持って帰る。そういう言葉だと思っていた。
十年ほどで考えるのをやめた。
やっていないからだ。
言うたびに嘘が積み上がっていくのが分かった。それでも言う。ほかに言うことがない。黙って土をかけるのは、もっといかん。
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東との戦は、わしが生まれる前から続いておる。
昔から負けていたわけではない。三十年前は五分だった。国境が行ったり来たりして、双方が疲れて、また元に戻る。そういう戦だった。
押され始めたのは二十年ほど前だ。
向こうが変わった。徴税の仕組みが変わり、街道が直り、兵の食う量が増えた。国が肥えると軍が肥える。当たり前の話だ。
向こうの兵は、靴が揃っている。
笑い話ではない。二十年、わしはそれを見てきた。東の歩兵は千人が千人、同じ靴を履いている。同じ型で、同じ革で、同じ工房から出てくる。
こちらは支給が半分だ。半分は自前になる。自前の靴は雨に弱い。
雨が三日続けば、こちらの行軍は半分の速さになる。向こうは変わらん。
戦は靴で決まる。そう言うと若い者は笑う。笑った者から死ぬ。
こちらは肥えなかった。
陛下は毎年、わしの求めた半分を認めた。半分の兵で、わしは二十年戦った。
半分の兵でも勝てる戦はある。地形を使い、時を選び、相手の疲れを待つ。わしはそれで十四年しのいだ。負けはしたが、退がりながら負けた。国境が動いたのは三度だけだ。
*
十三年前に、相手が変わった。
初めは気づかなかった。
その年の秋、東の軍の動きが変だった。前衛が引くのが早すぎる。追えば伸びる、と分かっていたので追わなかった。それが正解だと思っていた。
三日後に、荷駄を焼かれた。
追わなかったことを読まれていた。追わせるためではなく、追わないと決めさせるために引いていたのだ。
捕らえた斥候に聞いた。誰が指揮していると。
王子だと言った。十五だと言った。
わしは笑った。笑ったことを、いまでも覚えておる。
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その男は八年前に王になった。コンラート三世という。
二十歳だった。
以後、わしはこの男に一度も勝っていない。十三年、一度もだ。
勝てんのは兵の数のせいではない、と言えば嘘になる。半分では足りん。それは事実だ。
ただ、倍あっても勝てたかどうかは分からん。
あの男の戦は、こちらが正しく判断すると負けるようにできている。愚かに動けば助かる場面がある。賢く動くと嵌る。二十年やってきた将ほど深く嵌る。
いちばん悪かったのは、六年前のリューデンだ。
三百七人埋めた。一日でだ。
わしの判断は正しかった。いまでも正しかったと思っておる。谷を押さえ、退路を断ち、待った。教本どおりだ。
あの男は、わしが教本どおりに動くほうに賭けていた。
二十年かけて身につけたものが、そのまま弱みになる。そういう戦をする男だ。
一度、書簡が来たことがある。
国境で兵を交換したときだ。捕虜を返す取り決めがあり、その添え書きに一行あった。
貴殿の判断は正しかった、と書いてあった。
嫌味ではないと思う。あの男はたぶん、本気で書いている。
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三年前、わしは王都へ行った。
書面ではもう通らんと分かっていたので、直に言うことにした。将が単身で登城するのは作法に反する。承知の上だ。
陛下は玉座ではなく執務室におられた。文机の前に座って、紙を読んでおられた。
此度こそ、全額を、とわしは言った。
半分だ、と返ってきた。
半分では、また負けます。
わかっている。
わかっておられて、なぜ。
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陛下は答えなかった。
わしは待った。長く待った。あの部屋は妙に静かで、窓の外の市の音が入ってきていた。
答えは返ってこなかった。
そのときわしは、この人には答えがあると思った。
ないなら、何か言う。金がない、議会が反対する、北の負担が増える。どれでも構わん。将を納得させる言葉はいくらでもある。
この人は一つも言わなかった。
言えば言い訳になると思ったのだろう。
わしはそのとき、はっきりと分かった。
この人は、自分の決めたことで人が死ぬのが怖いのだ。
*
わしは恨めなかった。
恨みたかった。二千八百四十一人だ。半分の兵で二十年やらされた。恨む理由なら、腐るほどある。
王が無能なら恨めた。数が読めん、地図が読めん、そういう王だったならわしは怒鳴っていた。
この人は全部知っていた。
どの村に何人いて、どの道が何日潰れ、去年の麦がどれだけ穫れたか。わしが申請に書いた数を、書いた本人より正確に覚えていた。
全部知っていて、半分にした。
知っていて選んだ人間を、わしは恨む方法を知らん。
陛下は、お優しい。
そう言って、わしは退がった。
*
嫌味で言ったのではない。
あれはわしの見立てだ。この人は優しい。優しいから半分にする。そして我々は死ぬ。
優しさで人が死ぬというのは、それまで考えたことがなかった。
城を出て、街道を戻りながら、わしはずっとそれを考えていた。
考えて、答えは出なかった。
部隊に戻ってから、また土をかけた。
よく戦った。あとは我らがやる。
二千八百四十一回目は、その年の冬だった。




