表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白王と黒王  作者: ブルースライム
第1章:ヴィタリス王国 王都

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/88

第33話(幕間):あとは我らがやる

 ギヨーム隊の二千八百四十一人。


 わしが土をかけた数だ。


 将になってから二十年、一つも欠かさず数えてきた。埋葬に立ち会えなかった者も、後で報告を受けて足した。数は合っておる。


 人の名は覚えられん。二千を超えたあたりで諦めた。わしは頭が良くないので、名と顔が結びつかん。


 数だけが残った。


     *


 土をかけるとき、こう言う。


 よく戦った。あとは我らがやる。


 誰が始めたのか知らん。わしが兵になった年には既にそう言っていた。班長が言い、隊長が言い、わしも言うようになった。


 二千八百四十一回、同じことを言った。


 最初のうちは意味を考えていた。あとは我らがやる、と言うからには、やらねばならん。やって、勝って、こいつの分まで持って帰る。そういう言葉だと思っていた。


 十年ほどで考えるのをやめた。


 やっていないからだ。


 言うたびに嘘が積み上がっていくのが分かった。それでも言う。ほかに言うことがない。黙って土をかけるのは、もっといかん。


     *


 東との戦は、わしが生まれる前から続いておる。


 昔から負けていたわけではない。三十年前は五分だった。国境が行ったり来たりして、双方が疲れて、また元に戻る。そういう戦だった。


 押され始めたのは二十年ほど前だ。


 向こうが変わった。徴税の仕組みが変わり、街道が直り、兵の食う量が増えた。国が肥えると軍が肥える。当たり前の話だ。


 向こうの兵は、靴が揃っている。


 笑い話ではない。二十年、わしはそれを見てきた。東の歩兵は千人が千人、同じ靴を履いている。同じ型で、同じ革で、同じ工房から出てくる。


 こちらは支給が半分だ。半分は自前になる。自前の靴は雨に弱い。


 雨が三日続けば、こちらの行軍は半分の速さになる。向こうは変わらん。


 戦は靴で決まる。そう言うと若い者は笑う。笑った者から死ぬ。


 こちらは肥えなかった。


 陛下は毎年、わしの求めた半分を認めた。半分の兵で、わしは二十年戦った。


 半分の兵でも勝てる戦はある。地形を使い、時を選び、相手の疲れを待つ。わしはそれで十四年しのいだ。負けはしたが、退がりながら負けた。国境が動いたのは三度だけだ。


     *


 十三年前に、相手が変わった。


 初めは気づかなかった。


 その年の秋、東の軍の動きが変だった。前衛が引くのが早すぎる。追えば伸びる、と分かっていたので追わなかった。それが正解だと思っていた。


 三日後に、荷駄を焼かれた。


 追わなかったことを読まれていた。追わせるためではなく、追わないと決めさせるために引いていたのだ。


 捕らえた斥候に聞いた。誰が指揮していると。


 王子だと言った。十五だと言った。


 わしは笑った。笑ったことを、いまでも覚えておる。


     *


 その男は八年前に王になった。コンラート三世という。


 二十歳だった。


 以後、わしはこの男に一度も勝っていない。十三年、一度もだ。


 勝てんのは兵の数のせいではない、と言えば嘘になる。半分では足りん。それは事実だ。


 ただ、倍あっても勝てたかどうかは分からん。


 あの男の戦は、こちらが正しく判断すると負けるようにできている。愚かに動けば助かる場面がある。賢く動くと嵌る。二十年やってきた将ほど深く嵌る。


 いちばん悪かったのは、六年前のリューデンだ。


 三百七人埋めた。一日でだ。


 わしの判断は正しかった。いまでも正しかったと思っておる。谷を押さえ、退路を断ち、待った。教本どおりだ。


 あの男は、わしが教本どおりに動くほうに賭けていた。


 二十年かけて身につけたものが、そのまま弱みになる。そういう戦をする男だ。


 一度、書簡が来たことがある。


 国境で兵を交換したときだ。捕虜を返す取り決めがあり、その添え書きに一行あった。


 貴殿の判断は正しかった、と書いてあった。


 嫌味ではないと思う。あの男はたぶん、本気で書いている。


     *


 三年前、わしは王都へ行った。


 書面ではもう通らんと分かっていたので、直に言うことにした。将が単身で登城するのは作法に反する。承知の上だ。


 陛下は玉座ではなく執務室におられた。文机の前に座って、紙を読んでおられた。


 此度こそ、全額を、とわしは言った。


 半分だ、と返ってきた。


 半分では、また負けます。


 わかっている。


 わかっておられて、なぜ。


     *


 陛下は答えなかった。


 わしは待った。長く待った。あの部屋は妙に静かで、窓の外の市の音が入ってきていた。


 答えは返ってこなかった。


 そのときわしは、この人には答えがあると思った。


 ないなら、何か言う。金がない、議会が反対する、北の負担が増える。どれでも構わん。将を納得させる言葉はいくらでもある。


 この人は一つも言わなかった。


 言えば言い訳になると思ったのだろう。


 わしはそのとき、はっきりと分かった。


 この人は、自分の決めたことで人が死ぬのが怖いのだ。


     *


 わしは恨めなかった。


 恨みたかった。二千八百四十一人だ。半分の兵で二十年やらされた。恨む理由なら、腐るほどある。


 王が無能なら恨めた。数が読めん、地図が読めん、そういう王だったならわしは怒鳴っていた。


 この人は全部知っていた。


 どの村に何人いて、どの道が何日潰れ、去年の麦がどれだけ穫れたか。わしが申請に書いた数を、書いた本人より正確に覚えていた。


 全部知っていて、半分にした。


 知っていて選んだ人間を、わしは恨む方法を知らん。


 陛下は、お優しい。


 そう言って、わしは退がった。


     *


 嫌味で言ったのではない。


 あれはわしの見立てだ。この人は優しい。優しいから半分にする。そして我々は死ぬ。


 優しさで人が死ぬというのは、それまで考えたことがなかった。


 城を出て、街道を戻りながら、わしはずっとそれを考えていた。


 考えて、答えは出なかった。


 部隊に戻ってから、また土をかけた。


 よく戦った。あとは我らがやる。


 二千八百四十一回目は、その年の冬だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ