第24話:刈り入れ
朝、窓を開けたとき、街に人がいなかった。
市の台に品は並んでいた。売り手も買い手も立っていた。それはいつもと同じだ。けれど大路を歩く者がいない。荷車も動いていない。
私は執務室へ行った。
「アンリさん。街に人がいません」
「畑に出ております」
「畑」
「刈り入れが始まりました」
*
城の高いところから見た。
石壁の外に、麦の畑が広がっている。王都の周りは一面がそれだった。緑が抜けて、黄色くなっていた。
その中に、人がいた。
数えられなかった。畑の端から端まで、人が並んで動いていた。列になって、同じ向きに進んでいる。鎌を振る動きが、遠くから見ると波のように見えた。
「何人ですか」
「城下の者が全て出ております」
アンリさんは言った。
「全てだと、六万?」
「はい、六万人にございます」
私はしばらく、それを見ていた。
村では、刈り入れは村中が出た。三十戸で、子供も年寄りも合わせて百人ほど。それでも七日かかった。麦の畑がひとつあるだけで、七日だ。
ここには、その畑が百も二百もある。
「何日かかりますか」
「三日かと」
「速いですね」
「昼も夜も止まりませんので」
*
私は畑へ出た。
城を出て、大路を下って、門を抜けた。門番はいつもどおり頭を下げた。街道を少し歩くと、もう畑が始まっていた。
近くで見ると、また違った。
人が並んで進んでいる。鎌を入れて、束ねて、置く。次へ進む。誰も喋っていない。鎌が麦を切る音だけが、ずっと続いていた。
しゃっ、しゃっ、という音が、地平の向こうまで続いていた。
私が近づくと、いちばん端の男が手を止めて頭を下げた。すると隣の者も止まって頭を下げ、その隣も止まった。止まるのが列の奥へ伝わっていった。
「続けてください」
私が言うと、また動き出した。
止まったところから、寸分も違わずに続きが始まった。
*
私も刈った。
鎌を貸してくださいと言ったら、四人が同時に差し出した。私はいちばん近い人のを受け取って、列の端に入った。
麦を刈るのは、村でやったことがある。腰を曲げて、根元近くに鎌を入れる。持ち手のほうへ引くと、束が倒れる。
三十ほど刈ったところで、腰が痛くなった。
百ほどで、手のひらが熱くなった。
二百のあたりで、鎌が重くなった。私は手を止めて、腰を伸ばした。
周りを見た。
誰も止まっていなかった。
私の左右の者は、私が止まったので少し先へ行っている。速さが変わっていない。朝からずっと、同じ速さで動いている。腰を伸ばす者もいない。手を止めて汗を拭う者もいない。
汗をかいている者が、一人もいなかった。
*
昼になった。
村では、昼に一度みんなで集まる。木陰に座って、パンと水を分けて、誰かが冗談を言う。それが刈り入れのいちばん楽しいところだった。
誰も座らなかった。
水を飲む者もいなかった。私は水袋を持ってきていたので、近くの人に差し出した。
「飲みますか」
「結構でございます」
「暑いですよ」
「はい」
その人は鎌を止めずに答えた。
私は自分で飲んだ。ぬるくなっていた。
*
日が傾いた。
私の手のひらが、赤くなっていた。鎌の柄が当たるところが熱を持って、皮が薄く剥けている。
村でも刈り入れには出た。手がこうなったことはない。あれは半日刈って、木陰で休んで、また刈るというやり方だった。
立っているのが辛くなって、私は畦に座った。
座ってから、しまったと思った。
刈っている人たちが、次々に手を止めていく。私が座ったのを見て、休むのだと思ったのだろう。列の奥まで止まるのが伝わっていった。
「違います」
私は立ち上がった。
「休んでいません。少し座っただけです。続けてください」
全員が、また動き出した。
私は座れなくなった。
*
その日、私は日が暮れるまで畑にいた。
暮れても、誰も帰らなかった。
松明を立てる者はいなかった。月が出ていたので、まったくの闇ではない。それでも、私には自分の足元さえ見えなかった。
人が動いている音だけがしていた。
しゃっ、しゃっ、という音が、暗い畑のどこまでも続いていた。
村では、日が落ちれば刈るのをやめた。暗いと鎌が指に当たるからだ。ジャンさんは若い頃に左の親指を落としかけたことがあると言っていた。あれは夕暮れに欲を出したせいだ、と。
この畑では、誰も指を切らないらしかった。
「陛下」
いつのまにか、アンリさんが後ろに立っていた。
「お戻りください。足元が危のうございます」
「みんなは」
「続けます」
「暗いのに」
「見えておりますので」
私は自分の手を見た。暗くて、剥けたところがよく見えなかった。
城へ戻った。
*
三日で終わった。
アンリさんの言ったとおりだった。三日目の夕方に、最後の畑が刈り終わった。私は城の高いところからそれを見ていた。
黄色が消えて、地面の色になっていた。
束が畑じゅうに積み上がって、それを荷車が運んでいく。荷車の列が、街道を東と南へ延びていた。
「倉へ運んでおります」
アンリさんが言った。
「入りますか」
「入りません。東の倉は、今朝で満杯になりました。南も明日には」
私は嬉しくなった。
「そんなに穫れたんですか」
「例年の一倍半でございます」
「そんなに」
「落ち穂がほとんど出ませんでした。刈り残しも、こぼれもございません」
アンリさんは街道の荷車を見ながら言った。
「四十年、私はこの数字を見たことがございません」
「よかった」
私は言った。
「これで、みんな冬を越せますね」
アンリさんは、少しのあいだ黙っていた。
「はい」
その返事が、ずいぶん遅いように聞こえた。
疲れているのだろう、と私は思った。三日三晩、この人も寝ていない。
いま思えば、あのときアンリさんは、倉の中に何があるかを知っていた。




