第212話(幕間):遠い国の話
斥候の書付が上がった。
陛下が命じた者たちである。出した数のうち、戻ったのは半分である。
残りに何かあったのではない。まだ向こうにいるというだけである。
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陛下の呼び出しがあり向かう。
部屋にはメルダース士官がすでにおり、卓に括りが置いてあった。
メルダース士官が括りを解きながら報告を始める。
「陛下。並べ替えてございます。古いものが下に」
「日付は」
「入っております。いちばん新しいもので、三十日ほど前かと」
「南の連邦は」
「通しておりません。直に持たせました」
連邦を回せば五十日の紙になる。これはそれよりは新しい。
新しいというだけである。三十日前までは書いてある。それから先が、どの紙にも無い。
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「セフォー王国、ドラント王国、ガーレン王国、ダウス王国。四つが、同じ旗の下にございます」
陛下が筆を置かれた。
「速いな」
「セフォーとドラントが結び、ガーレンがその軍門に降りました。ダウスはその後に落とされたようです」
セフォー王国は確かレーヌ諸国の中でも勢い弱き国であったはず。
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「エルヴィーン」
「は」
私は書付の端を揃えた。
「四つが同じ旗の下に入ったということは、間が済んだということでございます。境も、関も、通行料も」
「済ませた者がいるな」
「ドラントは武の国でございます。兵の練度において、あの一帯では抜けております。その国が、同じ旗の下にいるというのは些か得心がいきませぬ」
旗を同じくするには、どちらかが折れねばならぬ。
折れたほうが、書かれていない。
メルダース士官が、紙を横に滑らせた。
「書付は、いずれもセフォーの側から出ております」
「そうか」
陛下は続けられた。
「レーヌに、一つの体制を築こうとしている。核となるのはセフォー王国」
だが、と言葉を挟まれた。
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「その中心は恐らく、ヴィタリスの王だろう」
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封じてある国である。出てきた者は焼く。決められたのは陛下だ。
その決まりを通らずに出た者が、遠い国の旗の下にいる。
メルダース士官が、次の紙を出した。
「もう一つ、ございます」
「言え」
「死んだ者が、起き上がっております」
「どこでだ」
「セフォーにて。ドラントにて。ダウスの落ちた跡にて。いずれも同じ書き方でございます」
同じ書き方になるのは、写した者が同じときである。あるいは、見たものが同じときだ。
「生きている者はいるのか」
「共におります」
「共に、とは」
「畑にも、荷にも、隊にもおります。追ってはおりませんし、逃げてもおりません」
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「呼び名がございます」
「なんだ」
「留まるもの、と」
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こちらで付けた名ではない。
黒王もそうであった。境を越えたるものと思われ候、という一行が先に来て、名だけが残った。
名は外から来る。
この城で付いた名は、いまだに一つもない。
海の側の二国、ヌオモとロルオーについては何も書かれていない。
ウーケンの欄は白いままである。行った者がおらぬ、と陛下が書かせた欄だ。
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「エルヴィーン」
「は」
「これまでの綴りは、境の分に入れてあるな」
「入っております」
「分けよ。西の国の分として、別に立てろ」
「承知いたしました」
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廊下は冷える。
メルダース士官は括りを抱えて出てきた。抱え方が、入るときと同じであった。
「参謀殿。書き付けていないものがございます」
「控にはしていないな」
「命じられておりませんので」
「作ってあるのだろう」
「ございます」
「場所を移す」
私とメルダース士官は、小さく薄暗い部屋へ入った。
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「読め」
「市中の話でございます。死者の軍勢が、西を侵略しているらしい、と」
「まだあるな」
「生きている者のほうが、死んだ者に虐げられているのだろう、と。市中では、そちらがよく口にされております」
書付には、共におると書いてある。
共におる、では市中は納まらぬ。虐げられている、のほうが短い。
短いほうが人々の心には残る。
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「さらにですが」
メルダース士官は、括りに指を掛けたままだった。
「陛下ならなんとかしてくださる、とも」
陛下は攻めぬ。
いま下されたのは、綴りを分けよ、である。西の国の分として別に立てよ、である。
仕分けであって、兵ではない。
市中は、そのうちそれを知る。
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「触れを出す」
「何と」
「遠い国の話である、と」
私はその場で案を書いた。
条文を写し、写し違いを見た。
いちばん下に、出したところを書く欄がある。
参謀本部、と書いた。
その下にもう一行、私の名を足した。
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「参謀本部だけで、触れは通ります」
「通る」
「では、この一行は」
「要る」
この者は、下がれと言われて食い下がったことがない。
今日は、下がれと言っていない。
それでも、それ以上は聞かなかった。
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メルダース士官が、括りを抱え直した。
抱え直しながら、控にもう一行足していた。




