第213話:担ぎ方
朝から登っている。
登って、折り返して、また登る。
折り返すたびに、さっきまで自分が歩いていた道が、下に見える。同じ道を何度も見せられているような気分になる。
いつまで登るんだ、ってのが本音だ。
俺は荷を担ぎ直した。担ぎ直したところで軽くはならねぇ。分かっていてもやる。
荷馬車は下に置いてきた。折り返しで輪が入らなくなって、そこから背に移した。
兵も、その手前で分けて残してある。
前をヌーノが歩いている。こいつは担ぎ直さない。
「おい」
「なんだ」
「重くねぇのか」
「重い」
「担ぎ直せよ」
「必要がない」
声は低い。掠れは生きているころからだ。
息が切れないのは、そのころからじゃない。
*
道は悪い。
悪いが、直してある。
折り返しの外っ側には石が積んであって、崩れかけたところには丸太が横に噛ませてある。
噛ませ方が丁寧だ。斜面に刺しただけじゃない。根元に楔を打って締めてある。
俺は道を直したことがある。ドラントで、荷を通すために一日やらされた。面倒くさい仕事だ。しかも通ってしまえば誰も見ない。
ここのは、誰かが毎年やっている。
「ゴンサロ将軍」
前を歩いている背中に声を掛けた。ドラントにいたころなら、俺が声を掛けられる相手じゃない。
「なんだ、ディエゴ」
「ここ、兵で抜けますかね」
ゴンサロは足を止めて、折り返しの外っ側を覗いた。それから上を見た。
「抜けん」
「ですよね」
「上から石を落とせば済む」
「少数で済みますね」
「ああ、やりにくい場所だ」
それだけ言って、また歩き出した。
俺は朝からずっとそれを考えていた。癖だ。一兵卒が考えたところでどうにもならんが、道を歩くと勝手に考える。
考えなくてよかったらしい。
*
下りの列とすれ違った。
馬の背に振り分けた袋。中身は石だ。黒っぽくて、割れ口が光っている。
人のほうも担いでいる。担ぎ方が違う。肩じゃない。背中の高いところに載せて、帯を額に回して支えていた。
俺は担ぎ方にはうるさい。肩で担ぐと腕が死ぬ。額で担ぐと首が死ぬ。
どっちが得かは道の長さで決まる。
あいつらは首のほうを選んだ。この道の長さで、そっちを選んだってことだ。
すれ違いざま、向こうが道を譲った。譲って、俺たちを見た。
見て、それだけだった。
どこから来た、とも聞かない。何をしに来た、とも聞かない。
ちっちゃい眼鏡が横に並んできた。
「ディエゴ。挨拶した?」
「したよ」
「なんて返ってきた」
「なんも」
「僕も」
少し歩いてから、ちっちゃい眼鏡が続けた。
「感じが悪いのとは、なんか違うんだよな」
「違うな」
「珍しがってもいない」
それだ、と思った。
うちの列は、どこを歩いても誰かが振り向く。
ちっちゃい陛下がいて、真面目がいて、ヴォルフの連中がいる。ヴォルフの連中は荷の半分を担いでも疲れを見せない。
振り向かれるのには慣れた。逃げられるのにも慣れた。
振り向かれないのは初めてだ。
ちっちゃい陛下が、折り返しのところで足を止めた。道の脇に手を置いている。
「積んであります」
「積んであるな」
「誰かが積んだんですね」
俺は、その石をひとつ押してみた。びくともしなかった。
*
日が傾いてから、上に石の塊が見えた。
山の腹から生えたみたいな形をしている。壁と、門が一つ。壁の下は斜面で、斜面の下は谷だ。
俺は矢の来る方向を探した。探すまでもなかった。
上と、右と、左と、いま登ってきた折り返しの上からだ。
こいつは無理だ。
門の脇に兵が立っていた。槍を持ったのと、何も持っていないのが並んでいる。
持っていないほうは、腰にも何もない。手ぶらだ。
俺は、そいつが何かを置き忘れて取りに行くところだと思った。
しばらく見ていたが、取りに行かなかった。ずっとそこに立っていた。
*
門は開いていた。
開いていたが、入れとは言われなかった。
先触れは出してある。向こうは俺たちが来ることを知っている。知っていて、門の内で待っていた。
やがて湯の入った椀が回ってきた。
ヌーノにも回ってきた。渡した男は、受け取るヌーノの手を見た。
見て、渡した。手を引っ込めなかった。
俺は自分の椀を持ったまま、その男の顔を見ていた。男は次の椀を配りに行った。
ヌーノは湯を持ったまま、飲まずに立っていた。
砦長が来た。
名乗らなかった。名乗る前に頭を下げて、下げたままでいた。
「遠路、ようこそお越しくださいました」
王女将軍が前に出た。
「ファティマ・デン・セフォーと申します」
「鉱石のお話と伺っております」
「左様でございます」
「量と、時期を書いたものはございますか」
「ございます」
王女将軍が紙を出した。荷からではない。自分の帯のところから出した。
砦長は受け取って、その場で目を通した。上から下まで見て、それから、はじめのところへ目を戻した。
「承りました」
王女将軍は紙を渡したまま、間を置かずに続けた。
「ウーケン王に、お目通りを願いたく存じます」
砦長の返事は早かった。
「ここではお答えできかねます」
「では、どちらで伺えばよろしいでしょうか」
砦長はまた頭を下げた。さっきと同じ形だった。
「先の砦へとお進みください。道は、まだ通っております。ですが雪が来れば止めます。止めるのは、こちらの判じでございます」
「承知いたしました」
「今夜はお休みください。明朝、上へお進みいただけます」
*
朝、門が開いた。
閂を抜いたのは一人だ。片手で抜いて、片手で壁に立てかけた。
俺はその閂の太さを見ていた。
門を出ると、道はまた折り返して上へ行っていた。
俺は荷を担ぎ直した。それから、帯を額に回してみた。
首が痛ぇ。




