第211話(幕間):手控え
宿の卓が、傾いておりました。
紙を置くと、端のほうへ滑ってゆきます。荷から板を出して下に敷き、その上で書くことにいたしました。
灯りは一つです。宿の者が置いていったきりで、それきり誰も上がってまいりません。
荷の中には名簿があります。連れている者の名と、その日に食べたものと、馬の数を書いてあります。それは毎日書いております。
書きたかったのは、そちらではありませんでした。
名簿には数を書きます。ここには数を書きません。
セフォーを出てから、私は多くの方にお会いしました。
お会いしていない方の名も、幾つも聞きました。控えておかないと、そのうち、どちらだったかが分からなくなります。
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エイブラム殿
ロロアの自治領主。腿の傷が、いまも同じところにあります。治らぬと仰せでした。
留まるものです。
セフォーにその人あり、と言われた豪の者で、戦場において誰よりも頼りになる方です。
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ライアン
エイブラム殿のご嫡子。私と同じほどの齢です。
人の話を、終いまで聞かれます。聞き終えてから、問いをなさって人の考えを動かしてくださいます。
将来がとても有望なロロアの、いえセフォーの未来です。
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モーリス
ロロアの家令。お会いしたことはございません。
ライアンのお話では、その年に蒔かぬと決めた畑のことを、いちばん先に言いに来られる方だそうです。
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マティアス殿
教会騎士団の護衛隊長を務められております。ロロアの門に来られた方だと伺いました。
ベルナール司祭に絶対の忠誠を誓っていらっしゃるように見えます。
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ペドロ殿
マティアス殿と同じく教会騎士団の方です。
いまは私どもと同じ道を歩いております。ベルナール司祭の言いつけで残られたと聞きました。
目端が利き、穏やかに微笑まれる方です。見た目によらずお酒をたいそう飲まれるとのことです。
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カルロス・デン・セフォー四世。
父です。
王位は父にあり、私はその名代として動いております。父も、留まるものです。
ガーレンに使いを出そう、と仰ったのを覚えております。あのとき私は、返しが来るとは思っておりませんでした。
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ゴンサロ殿
ドラント将軍。数を仰るときに、そちらの数と合わせておけ、と必ず付け加えられます。
合わせるのは私です。
知勇に優れ、部下の方からの信頼も厚い名将です。
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ディエゴさん
ドラントの兵でした。いまは私どもと同じ道を歩いております。
よく喋られます。喋りながら、どなたかの後ろに回っておられることがあります。
否定なさると思いますが、子ども好きだと私は確信しております。
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ヌーノさん
ディエゴさんと同じ隊におられました。
留まるものです。
痛むだけだ、動くぞ、と仰ったと伺いました。
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ベニトさん
ドゥエの門にいた兵の名です。
控えの端に残っておりました。この方がいまどうしておられるかは、そこには書いてございません。
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ポシドニオ殿
ソル家のご当主。娘御お二人の名を、いつも続けてお呼びになります。
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ファヴィアさん
ソル家のご長女。ドラント貴族と婚約をされていらっしゃいました。
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セヴィリーナさん
ソル家のご次女。十八におなりです。
私が申し上げたことに、いちばんよく言い返されます。言い返したあとで、意地の悪い言い方だった、とご自分で仰います。
ヌオモにおいて最もご活躍されたのは、セヴィリーナさんかもしれません。
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クレーベル殿。
ファヴィアさんの許婚と伺いました。
ガーレンの方だそうです。お会いしたことはございません。
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アフメド陛下
ヌオモ王でいらっしゃいます。
お笑いになる声が大きい方です。笑い終えてから、短く決められます。
元海軍総督ですが、王座に付いてらしてからは船に乗ることはなく、時折名残惜しそうに海を眺めていらっしゃいました。
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ムフタル殿
ヌオモ宰相閣下です。
紙を離されません。廊下を歩いておられるあいだも抱えておられます。私がそのことを申し上げましたら、抱え直してらっしゃいました。
常に胃薬を飲まれていますが、飲んだ水の量で体調を崩さないだろうか、と密かに心配をしておりました。
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ハムザ総督
ヌオモの現海軍総督。アフメド王が跡を継がせた方です。
何度かお姿をお見かけしましたが、豪快という言葉が似合う御仁です。
アフメド王を「オヤジ」と呼んで慕っております。
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サンチェ侯爵
ヌオモの侯爵。この家の人別を引いていただきましたら、無し、と返りました。その家は、もうございません。
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レイス殿
海の方です。火鯱と呼ばれております。
エイブラム殿を打ち負かしたと聞きましたのでどれほどの大男かと思いましたが、まるで逆でした。
私も剣の心得がありますが、どこにも打ち込める隙がございませんでした。世界は広うございます。
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サフラさん。
レイス殿の息女です。
あまり感情を表に出しませんが、とても利発で心優しいお子様でした。
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パコさん
レイス殿の船に乗る海賊だそうです。
サフラさんを救出するためにロルオーへ潜入した皆さんが、この方の弟さんと出会ったと聞いています。
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レップさん
パコさんの弟さんです。境の関で番を務めていらっしゃっているとのことです。
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アルフォンソ・デ・ロルオー八世陛下
ロルオーの王です。お目にかかったことはございません。
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ドゥアルテ・エスカランテ殿
ロルオー貴族の方で、ムフタル殿がその才覚を高く評価していらっしゃいました。
要職から退かれた、と聞いております。
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メンドーサ公爵
ロルオーの貴族。お目にかかったことはございません。
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オソリオ侯爵
ロルオーの貴族。お目にかかったことはございません。
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ケサダ伯爵
ロルオーの貴族。お目にかかったことはございません。
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ファティマ・デン・セフォー
戯れに書き残しておきます。
セフォー王女として父を補佐しております。
人が私を王女将軍と呼びますが、私が付けた名ではございません。
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名簿を書き、数を取らせ、紙の端に書き留めております。
灯りが細くなりました。
初めから読み返しました。ここに並んだ方々は、セフォーにいたころには存じ上げなかった方も多くいらっしゃいます。
明日からの道には、まだ一つも名がございません。
紙は、まだございます。
私はエリアス陛下に、どこまでもお供してまいります。




