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白王と黒王  作者: ブルースライム
第3章:レーヌ小国群

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210/212

第210話(幕間):買わない

 塩の粒を、指の腹で潰した。


 崩れるのが速い。角がすぐに丸くなって、指に何も残らない。


 私は手を払って、隣の袋へ移った。


「こちらは?」


「南の潟のだ。三日前に上がったばかりだよ」


 塩の商人が袋の口を広げた。私は同じように潰した。


「値は」


 商人が値を言った。私はそれを覚えて、袋から離れた。


「買わないのかね」


「今日は」


 案内の者が半歩下がったまま付いてきている。ヌオモの役所から出た者で、朝からずっとそうしていた。


「セシル殿。まだ回られますか」


「回ります」


 次は山のほうから来た塩だった。


 硬い。指で潰れず、爪を立てると欠けた。欠けた粒の大きさが揃っていない。


 油の店では、壺の口から少し取って、指の腹に伸ばした。伸びない。途中で切れて、玉になって残った。


 私は布で拭いた。


「どれだけ要るんだ」


 油の商人が言った。値を聞くばかりで何も買わない女を、朝からずっと見ていたのだろう。


「市の蔵にあるだけでは、足りません」


「そりゃあ、市の話じゃないな」


「そうです」


     *


 宿は港へ下りる坂の途中にあった。


 卓に紙を並べて、その日に見たものを書いた。塩、南の潟、崩れが速い。塩、山、粒が揃わない。油、伸びずに切れる。


 値も横に書いた。値のほうが長い列になった。


 指の腹が薄くなっているので、粒の細かさは去年よりよく分かる。これも書き留めておく。


 役に立つことはないかもしれないが、書いておかないと、後で分からなくなる。


 宿の者が灯りを足しに来て、それから寝た。


 私は書いていた。


 朝から夕まで市を歩いた。足に疲れは残っていない。


     *


 三日おいて、城から呼びがあった。


 ヌオモの宰相は、廊下を歩いてくるあいだも紙を離さなかった。ムフタル殿という。


 私が最初にこの城で会ったときも、同じ抱え方をしていた。


「セシル殿。お待たせいたしました」


「講和、良い結果になったとお見受けしました」


「成りましてございます。船が動きます」


「では、港から入れられますか?」


 ムフタル殿は紙を卓に置いた。


「陸で参りますと、関が挟まります。関には人が出ております。近ごろは特に、でございます」


「幾つ挟まりますか」


「道によりますが、少なくはございません。そのたびに、荷は軽くなりませんのに値だけが上がります」


「港からなら、挟まりません」


「そうです、挟まりません。積んで、内へ回すだけでございます」


 抱えた紙の束を置き、ムフタル殿は質問なさった。


「それで、どれほどご入用でございましょう」


「二十万人に、三月に一度です」


 ムフタル殿は紙を見たまま、しばらく何も言わなかった。


「なるほど。……なるほど」


「一度きりなら、市で買えます。市で買えるうちは、始まっていないのと同じです」


「左様でございますな」


 ムフタル殿は指を折りかけて、途中でやめた。


「船の枠を分けます。塩と油で別に立てましょう。同じ船に載せますと、片方が遅れたときに両方が止まります」


「お願いします」


「産地は、そちらでお決めになりますか」


「決めます。私が見て決めます」


 ムフタル殿は顔を上げた。


「見て、と申しますと」


「触れば分かります」


 ムフタル殿は、私の手のあたりをしばらく見ていた。


「一つ、伺ってもよろしいでしょうか」


「どうぞ」


「なぜ、塩なのでございますか」


「塩は、乾かすものです」


「……はぁ」


「乾きを止めるのに、乾かすものを使っております。効いております。なぜ効くのかは、まだ分かりません」


 私は微笑んだ。


「面白いでしょう」


 ムフタル殿は笑わなかった。紙を一枚めくって、そこに何か書き足した。


「エリアス陛下は、南へお発ちになったそうでございます」


「旅のご無事をお祈りするばかりです」


 城を出て、坂を下りた。


     *


 薬房に戻って、目録を書いた。


 塩は南の潟のものと、東の岸のものを別に立てた。片方が悪くなったときに、両方が止まらないようにする。


 油は一つで立てた。まだ、見た中に二つ目がない。


 樽の数を書き、船の名の欄を空けておいた。名はまだ決まっていない。


 最初の荷は、三月ぶんには足りない。


 目録の最後に、油、と書いた。


 紙は明日、港へ回る。


 墨が乾くのを待った。

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