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白王と黒王  作者: ブルースライム
第3章:レーヌ小国群

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209/212

第209話:同じ道

 城の朝は、港より冷える。


 石の廊下に霜が下りていた。荷を担いだ者が滑って尻をつき、転がった俵が私の足に当たって止まった。


 拾うと軽い。乾かした豆である。


「ライアン殿。それは残る者のために回すものです。そちらの、南用の山へ積んでいただけますか」


 ペドロ殿の声が聞こえた。


 手元の紙に印をつけながら喋っておられる。荷はもう三つの山に分けてあった。帰る者の山、残る者の山、そして南へ行く者の山である。


 私は俵を南の山へ置いた。


 置いてから、自分の荷をまだ一つも積んでいなかったことに気がついた。


     *


 広間に戻って皆と今後のことを話をしていると、ノックの音がした。


「陛下」


 ムフタル殿が広間へ入ってこられた。紙を持っている。歩きが速い。


 アフメド王は卓に肘をついておられた。顔をお上げになる。


「声に出して読んで構わん」


「ロルオーより、返しが参りました。講和、成りましてございます!」


 窓の外で、荷車の輪が石を踏む音がしていた。


「もう一つ、ございます」


 ムフタル殿は紙を持ち替えた。


「ロルオーが、レーヌの連合に加わると申してまいりました」


 ファティマ様が立ち上がられた。


「……連合に、ですか」


「はい。間違いありません」


「随分と決断が早いな」


 ヴォルフ殿であった。壁際に立ったまま、腕を組んでいる。


「早うございます。もちろん要望がありますが、これは飲むべきと考えました。海運と領海の権。分ける線を、向こうの希望を考慮して線引します」


「オレの名で飲むんだな」


「陛下の名で飲みます」


 アフメド王はしばらく黙っておられた。それから、卓の紙を一枚めくって、また戻された。


「進めろ。船や港が焼けないほうがいいに決まっている」


「はい」


 ムフタル殿は、そこで少し声を落とされた。


「返しの文に、こう書いてございました。焼き合って取るより、卓の上で分けたほうが多く残る、と」


「……それは、こちらが書くはずのことでは」


 ファティマ様である。


「左様でございます。ですが、向こうが先に書いてまいりました」


 セヴィが眼鏡の縁に指をかけた。


 何か言うかと思ったけれども、何も言わなかった。


     *


 アフメド王が卓を回ってこられて、エリアス陛下の前に立たれた。


 陛下は椅子の上で足をぶらぶらさせておられたが、王が来られると降りて、まっすぐお立ちになった。


「終わったぞ」


「はい」


「お前のおかげだ」


 陛下は少し首をかしげられた。


「私は、何もしていません」


「したんだよ」


 王はそれだけ仰って、手を挙げて人を呼ばれた。


「食事にするぞ。豆を炊かせてある。全部食え。残すな」


「はい」


 エリアス陛下が笑われた。


 ディエゴが横で「また豆かよ」と言ったが、いちばん先に卓へついたのはディエゴであった。


     *


 卓が下げられてから、ムフタル殿が地図を広げられた。


 ヌオモの南に、山の印が並んでいる。印は輪になっていて、その内側にも印があった。


「ウーケンでございます。四方を山に囲まれております」


「入る口は」


 ファティマ様が問われた。


「限られております。道は細うございますが、荒れてはおりません。鉄が出ますので」


「鉄」


「鉄と、そのほかの鉱石も。ゆえに商人の往来だけは絶えたことがございません。ヌオモの荷にも、あちらの鉄が混じっております」


 ムフタル殿は指で輪の外をなぞられた。


「国交を切っているわけではございません。文を出せば、返しは参ります。ただ、周りの国が何をしているかに、興味をお持ちにならない」


「戦は」


「好みませぬ。ただし」


 そこでムフタル殿は指を止められた。


「外から来た人間に寛容とは、申しかねます」


「商人は通す。人は通さない、ということですね」


 ファティマ様がおっしゃった。


「そのように聞いております」


 ファティマ様は地図の輪をしばらく見ておられた。


「じゃあ、鉄を見に行く顔で行けばいいよ」


 セヴィが言った。


「王様がいる以上、こないだのロルオーの時みたいに少人数で潜入するわけにはいかない。戦うと決まったわけじゃないし」


 何やら書き留めながら喋り続けた。


「ウーケンには先触れで手紙を出して、訪問と鉄の買付の連絡だけしておく。荷馬車を少し多めに編成して兵を付ける。他の兵士は複数に分けつつ山の途中で待機、って感じかな」


「買い付けるって、銀はどうするんだ」


 私は問い掛けた。


「アフメド王に借りるよ。いいでしょ?」


「あっはっは。買え買え。溶かして鍋にでもしろ」


     *


 中庭に馬が並んでいた。


 教会騎士の方々が鞍の下を締めておられる。ベルナール司祭様は、ご自分の荷を柱の脇でお括りになっていた。荷は小さかった。来られたときと同じ大きさに見えた。


「ベルナール司祭様」


「ライアン殿」


 ベルナール司祭様が手を止めて、こちらを向かれた。


「お発ちになるのは、明日と伺っておりましたが」


「早めました。院に、届けねばならぬものがございます」


 それ以上は仰らなかった。私も、それ以上は伺わなかった。


 ベルナール司祭様は縄を結び終えてから、庭の端へ声をかけられた。


「ペドロ」


「はい」


 ペドロ殿が荷の紙を抱えたまま来られた。


「お前は、残りなさい」


 ペドロ殿は紙を胸に抱えたまま、しばらくベルナール司祭様を見ておられた。


「院へは、私も」


「残りなさい」


 ベルナール司祭様は同じ言い方をなさった。声の高さも同じであった。


「エリアス陛下をお守りするように」


 ペドロ殿の目が、私のほうへ一度動いた。それから司祭様へ戻った。


「承知いたしました」


「山は寒うございます。あの方は、寒いと仰らない方です」


「はい」


 ベルナール司祭様は馬の腹帯を確かめて、鐙に足をかけられた。教会騎士の方々が門のほうへ列を作りはじめている。


 私は、ベルナール司祭様が院へ何を届けに行かれるのかを知らない。


 伺えば、たぶん教えてくださる。


 ただ教えてくださったものが本当かどうかを、私は確かめる手立てを持っていない。


     *


 父上の荷は、廊下の隅にまとめてあった。


 剣と、椀と、布に巻いた薬の箱が一つ。それだけである。半年前に出てこられたときも、この三つであった。


「父上」


「うむ」


 父上は腰を下ろして、布の結びを解いておられた。腿に手をつくときの動きが、去年よりも硬い。


「セフォーには、いつまで」


「分からん」


「エリアス陛下がお呼びになれば」


「馳せ参じる」


 結び直した布を、父上は膝の上に置かれた。


「ゴンサロの部隊が着く。俺の連中は、あれと入れ替えだ。長く出すぎている」


「はい」


「ライアン、お前は残るのだったな」


「はい」


 父上は頷かれた。それきり、何も仰らなかった。


 私は、廊下の窓から南の空を見た。雲が低い。山は見えない。


     *


 昼を回って、東の道から列が来た。


 旗が二つある。前がセフォーの旗で、後ろがヴィタリスの旗であった。


 先頭の馬から降りた男が、外套の裾を払って、まっすぐ廊下のほうへ歩いてきた。


「エイブラム」


 ゴンサロ将軍であった。


 父上が立って、振り向かれた。


「うむ」


「お役目ご苦労だった。後は任せてくれ」


「頼む」


 それだけで、ゴンサロ将軍は荷の山のほうへ顎を向けた。


「連れてきた者は八十だ。残りは港に置いた。そちらの数と合わせておけ」


 二人は同じくらいの背丈で、同じ向きに立っていた。


 私はそれを少し離れたところから見ていた。


     *


「おい」


 ディエゴの声が中庭に響いた。


「なんでお前がいるんだよ」


「呼ばれた」


 列の後ろから出てきたのはヌーノだった。肩に俵を二つ乗せている。


「呼ばれたって、誰に」


「将軍に」


「またお前の辛気臭い顔を見て過ごすのかよ」


「どこへ置けばいい」


「南の山だ。そっちの、いちばんでかいやつ」


 ヌーノは俵を置いて、そのまま列へ戻っていった。


 ディエゴは何か言いかけて、やめて、俵の位置を少し直した。


 その仕草がなんだか嬉しそうに見えて、自然と笑みが浮かんだ。


     *


 ヴィタリスの旗のほうから、私の名を呼ぶ声がした。


「ライアン殿」


 ヴィタリスのロラン殿であった。


「交代で、今後はお供をさせていただきます」


「そうですか。エリアス陛下もお喜びになると思います」


「隊は百二十でございます。セフォーを出る際、カルロス陛下からは、山へ入る隊であると伺いました」


「はい」


 ロラン殿は少し黙ってから、地面のほうを見て言われた。


「十一月の山は冷えますでしょうな」


 そのとき、後ろから足音がした。


「ロランさん」


 エリアス陛下であった。


 ロラン殿はゆっくりと膝をつかれた。陛下は、その肩のあたりに手を伸ばして、少しお考えになった。


「山は寒いですか」


「支度をせねば、エリアス様が凍えてしまいます」


「では、薪を多く積みましょう」


 陛下はそう仰って、ロラン殿と共にペドロ殿のほうへ行かれた。


     *


 ヴォルフ殿は厩の裏で、ご自分の隊を分けておられた。


 右に立つ者と、左に立つ者がいる。左のほうがずっと少ない。


「古いのは残す」


 私が近づくと、聞く前にそう言われた。


「新しいのを帰す。あれは家がある」


「古い方々は」


「慣れてる」


 ヴォルフ殿は左の列へ顎を向けられた。左の者たちは、誰も足踏みをしていなかった。


 寒い日に、人が立っているときの動きが、そこには無い。


「薬は」


「積んだ。あんたのところの箱と一緒にしてある」


 それから、ヴォルフ殿は少し声を落とされた。


「山だそうだな」


「はい」


「うちの連中は疲れん。荷を持たせろ」


     *


 翌朝、門が開くより先に、港から人が上がってきた。


 ハムザ総督であった。荷車に樽を積んでいる。


「塩漬けだ。持ってけ」


「これは、頂戴いたします」


「山の連中は魚を食わねえらしいぞ。売れるかもしれん。売った銀はオレのだ」


「あっはっは。売るな。食え!」


 アフメド王が門の内側から声をかけられた。


 ハムザ総督は樽を降ろして、掌で叩いて、それだけで港へ戻っていった。


     *


 門の前に、列が二つ並んだ。


 東へ帰る列と、南へ行く列である。だが門を出てからしばらくは、道が一本しかない。


 分かれるのはドラントに入ってから、とムフタル殿が仰っていた。


 私は自分の馬の腹帯を締め直した。


「ライアン」


 父上が馬を寄せてこられた。


「はい」


「道が細いところでは、荷を先にやれ。人が先に入ると、荷が詰まったときに戻れん」


「はい」


 父上は手綱を持ち替えて、東の列のほうへ首を向けられた。


「それだけだ」


 私は頭を下げた。父上は下げ返されなかった。そういう方である。


 エリアス陛下が、荷車の上でファティマ様の手を握っておられる。


 ディエゴが最後の俵を蹴って位置を直した。セヴィは外套の襟を立てて、もう寒そうにしている。


 ペドロ殿が紙を丸めて懐に入れた。


 ヴォルフ殿が手を上げた。


 先頭が動いた。乾いた土に蹄の音が立って、それが後ろへ順に伝わってくる。


 私の馬も、押し出されるように歩きだした。

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