第208話(幕間):容れてやる
王の間は、朝のうちから暖めさせてあった。
火鉢が四つ。窓は閉てたままである。それでも石の床から冷えが上がってくる。
十一月の海風というものは、壁を通って入ってくるものであるらしい。
卓に報せの紙が並べてある。余は一枚も手に取らなかった。中身は昨夜のうちに聞いた。
左右に家の者が並んでいる。メンドーサ公。オソリオ侯。ケサダ伯。ほかにも幾人か。みな立ったままである。
いちばん端に、法官長が立っていた。
誰も口を開かなかった。
余は待った。この座は、誰かが先に申すのを待つためにある。先に申した者から、その者の欲しいものが見える。
だが今朝は、誰も申さなかった。
火鉢の炭が一つ、崩れた。
*
「陛下。……船のことを、申し上げます」
オソリオ侯であった。家から船団を出している。出したものが、帰らなかった。
「戻りましたのは、出しました数の半ばにございます。焼かれました。海の上で、火を入れられまして」
「大儀であった。……冬は、長いのう」
余はそう申した。ほかに申しようがなかった。
「雇いの船は」
「旗を下ろしましてございます。銀を積みましても、もう戻りませぬ」
同じことを、夏に聞いた。誰の口から聞いたかも、覚えている。
*
「陛下」
メンドーサ公が前へ出た。この国でいちばん古い家の当主である。
「船は戻りませぬが、海が消えたわけではございません。冬のうちに、向こうの漁の村から順に焼いてしまえばよろしい。港を落とすより安うつきます。春を待たずに、飢えて出てまいりましょう」
幾人かが頷いた。
「そのために、船を出せると申すか」
「出しまする。焼くだけならば、大きな船は要りません」
オソリオ侯は頷かなかった。いますぐ出せる船が無い家である。
*
「その前に、始末をつけねばならぬものがございましょう」
ケサダ伯であった。端のほうへ、顎を向けた。
「海賊がこちらの側についておりましたのは、鎖があったからにございます。その鎖を握っておりましたのは、法官長でございましょう。鎖が切れて、あの男は向こうへ回った。焼かれた船は、そこから出ております」
法官長は動かなかった。
「六つの子を鎖にして、海の男を縛る。そのようなものを、この国の策と申せますか」
メンドーサ公が続けた。
「子どもを使うなど、貴族の矜持はどこへ行った!」
「恥知らずな策よ!」
「貴様、まだ六つだぞ! 不憫とは思わなんだか!」
ケサダ伯の声が、いちばん高かった。
「陛下。あの者には、死を賜りますよう」
メンドーサ公であった。
「家の名がございます。己の始末を己でつけますのが、この国の道理にございましょう」
「毒酒を一つ下されば済むことにございます。自ら詫びる道も、残されておりましょう」
余は黙って聞いていた。
ケサダ伯は端を罵りながら、目はメンドーサ公のほうへ向けていた。誰に聞かせているのかは、見ていれば分かる。
*
「臣は、不憫であるかを問われて策を立てておりません」
法官長が、初めて口を開いた。声の高さは、いつもと変わらなかった。
「子を一人、動かしました。その一人で、赤い旗の船団がこちらの側で戦いました。同じ数を兵で沈めるのであれば、何千かが死にます。臣は、その何千かを出しませんでした」
顔色一つ変えぬ、か。
「不憫と仰せられますなら、不憫でございましょう。臣は、それで策を変えません」
誰かが息を吸う音がした。
「詫びは無いのか」
「詫びを申し上げましても、船は戻りません」
メンドーサ公の顔が赤くなった。ケサダ伯が何か申した。ほかの者も申した。法官長は、それきり口を閉じた。
金の髪が、後ろへ撫でつけてある。この座に入ったときから、一本も乱れていない。
「その申しよう、この座で申すことであるか」
余はそう申した。
法官長が一礼した。
声は止んだ。それだけであった。
*
「して、冬のあいだの銀は、どこから出るのであろうな」
誰も申さなかった。
「陛下」
法官長であった。
「臣より、申し上げたきことがございます」
「申してみるがよい」
「戦を、これで畳みたく存じます」
声が上がった。
「陛下。アルフォンソ・デ・ロルオー八世の御代に、海を退いたと申されますのか」
メンドーサ公であった。余は手を上げなかった。
法官長は、声が収まるのを待って続けた。
「向こうに、こちらを滅ぼす気はございません。こちらにも、向こうを併呑する手立てがございません。海の上で焼き合うだけならば、あと幾年でも続きます。続けるあいだ、銀と兵を出しますのは、この座におられる方々でございます」
オソリオ侯が、卓の紙を見た。見ただけであった。
「レーヌに連合が出来ております。セフォー、ドラント、そしてヌオモが組んで動いております」
承知している。ガーレンとダウスは滅びておる。
「そこへ、こちらも入る。国の形はそのままでよろしい。連合は、体制を揃えろとは申しておりません。海の権は卓の上で分けます。焼き合って取るより、多く残ります」
「貴様、負けを認めるのか!」
「負けたとは申しておりません。取れぬものを取りにゆく銀を、取れるもののほうへ回す、と申しております」
法官長が、こちらを向いた。
「格で申しますれば、あちらは王を投票で選ぶ国でございます。八代続いた家の当主が、あの国と並んで座るのではございません。並びたいと言うてきた者を、こちらが容れてやるのでございます」
余は、すぐには申さなかった。
「ロルオーの意は、保たれるのか」
「保たれます」
オソリオ侯が余を見た。メンドーサ公も余を見た。
朝から待っていたのは、この一言であった。
そして、いちばん端から出た。
*
「追って沙汰いたす」
声が上がりかけて、止んだ。
「ただし」
余は続けた。
「船が焼けたことに、始末が要る。焼かれた家が、この座にある」
法官長に死を賜って、誰に何の得があるというのか。
「法官長の任、これを解く。追って沙汰いたすまで、屋敷にて慎むがよい」
メンドーサ公が頭を下げた。ケサダ伯も下げた。オソリオ侯も下げた。
法官長が頭を下げた。
「臣、承ります」




