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白王と黒王  作者: ブルースライム
第3章:レーヌ小国群

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207/209

第207話:火山羊

 ファティマ様の声は、思ったより遠くまで通った。


 港の者がいくつも顔を上げた。石段のほうへ、それが伝わっていくのが見えた。


 エリアス陛下だけが、こちらを向かれない。


 相変わらず寝たままの男の手を握ったまま、耳を下ろしていらっしゃる。何か聞き取ろうとしておられるようだった。


 レイスが歩きだした。


 石段のほうへ向かっている。


 人の壁がある。さっきから、誰も下がれずにいる。


 私は前に出て、いちばん端にいた者の袖を引いた。引かれた者が下がって、その後ろも下がった。


「どけ!おい、通せって! 真面目、お前も手伝え!」


 ディエゴが反対の側から声を出した。列が割れて、石段までの道が開いた。


 私は先に石段を下りた。


 エリアス陛下は、まだしゃがんでおられた。板の上の男の手を、両手で握っている。


「陛下。レイスが、こちらへ参ります」


「はい」


 陛下は、握っていた手を板の上に優しく戻されてからお立ちになった。


 レイスが来て、陛下の前で止まる。


 彼は右手を体の脇につけて、腰から折れるように、深く頭を下げた。


 港の誰も、声を出さなかった。


     *


「この度の恩義。生涯、忘れません」


     *


「よかったですね」


 エリアス陛下は微笑まれてそう仰った。


「サフラさんはとても良い子です。お父さんと会えて、本当によかったです」


 レイスは無言で頭を下げ続けていた。


 そこへ地鳴りのような大声が響く。


「そこ、詰めろ!座る場所を空けろ!」


 ハムザ総督だった。大きな樽を一つ肩に乗せている。


「……酒か!」


「ディエゴ。意地汚い。まず人を退けようよ」


 いつのまにやら近くに寄ってきたセヴィが、呆れながらそう言った。


 気がつけば、港は宴の席に早変わりだ。


 ヌオモの兵も、赤い旗の海賊も一緒だった。


 流石に交じるわけにもいかず距離はあったが、それでも皆の顔には笑顔が浮かんでいた。


 海に目をやると、レイスが率いていた他の海賊の船影は、すでにどこにもなかった。


     *


「お前がレイスか」


 ハムザ総督が杯を二つ持って話しかける。レイスは軽く頷くだけだ。


「過去の話をするつもりはねえ。そして互いに散った部下や仲間もあるから馴れ合いもしねえ」


 杯を一つ、レイスに渡した。


「だが今日は助かった。礼を言わせてくれ」


 レイスは無言のまま杯を受け取り、一息で飲み干した。


「動きが読めずに苦労した。前任者よりも苦手だ」


 敬意の混じった言い方だった。


「火鯱にそんな風に言ってもらえるとはな。おい!オヤジ!聞いたか!」


 アフメド王も杯を手に近づく。


「馴れ合わないんじゃなかったのか、お前」


「海の男同士の挨拶の範疇だ。なぁ?」


 レイスは特に反応しなかった。今度はアフメド王が声を掛けた。


「レイス。ヌオモに戻らないか?」


 周囲がざわつく。


「遺恨があるのは承知の上。そちらにもこちらにも」


 続ける。


「だが事情があった。俺はそれを取り除いた」


「聞いた」


 アフメド王もレイスも、表情に動きはない。


 そこへハムザ総督が割って入る。


「そうだ、火鯱。戻ってこい。そしたらお前が一でオレが二だ」


「お前を楽させるためじゃないぞ」


 レイスは静かに、そして丁寧に告げた。


「ありがたい申し出だが、断る」


「そうか」


 アフメド王は短く答えて、自分とレイスの杯に酒を注いだ。


 そこへ赤い旗の船のほうから声がした。


「俺達は船長についていくぜ!」


 さっきの、肩の厚い男だった。パコ、と名乗った男である。


 周りの海賊たちも杯を掲げて、そうだそうだ、と声を挙げた。


     *


「で、どこへ行くつもりだ」


 アフメド王がレイスに問いかける。


「海はもういい。次は北で、山の賊にでもなる」


 アフメド王が笑われた。


「あっはっは。火鯱ではなく火山羊、というわけか」


「雪山だ。せめて豹にしてもらいたい」


 この男が笑うのを初めて見た。

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