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白王と黒王  作者: ブルースライム
第3章:レーヌ小国群

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205/209

第205話:迎えの支度

 伝令は、朝のうちに来た。


 廊下を走ってきて、扉の前で足を揃えた。息が上がっている。走らなくてもいい距離を走ってきた顔だ。


「アフメド陛下。総督より、言伝にございます」


「言え」


 伝令は口を開いて、閉じた。


「……そのまま申し上げて、よろしいでしょうか」


「そのまま言え」


「『ロルオー、壊滅。オレは無事だ。バカヤロウども、迎えの支度をしとけ』と」


 言い終えて、伝令は目を伏せた。


「あっはっは。よし、そのまま伝えて偉いぞ」


 伝令が下がってから、俺は下の階へ降りた。


 サフラは、廊下の隅に立っていた。皿を運ぶ途中だったらしく、両手が塞がっている。


 妻に、受け取ってやってくれと言った。


 それから、子の手を取った。


 子は俺を見上げた。何も訊かなかった。


     *


 港に着いたのは、日が高くなってからだった。人が出ていた。


 触れを出したわけではない。船が入る日は、勝手に集まる。


 石の上に樽と縄が寄せてあった。荷を揚げる場所を空けてある。


 ムフタルとファティマ王女は俺の少し後ろで紙を抱えていた。運ばれてくる者の数を書くつもりでいる。


 ヴォルフとエイブラムは、少し離れて立って、動かない。


 ディエゴの若造と、あとの二人は、石段に腰を下ろしていた。一人が眼鏡を拭き、一人が海のほうを指さして、残りの一人が何か言い返している。


 坊主は、いちばん後ろにいた。人の背に隠れて、こちらからは頭しか見えない。前へ出てこようとしない。


 子は、俺の横に立っていた。手は握ったままだ。


 水平線に黒い点が出たとき、港の端の者が先に気づいて声を上げた。


「見えるか」


「みえます、おうさま」


 背は俺の腰までしかない。それでも見えると言うので、そうかと言った。


 帆が増えた。数えた。癖だ。


 自分の帆で入ってきた船は、どれも舷が黒い。穴の開いた帆が何枚もある。


 先頭がティンニーンだった。帆柱が一本、途中で切ってある。向こうにやられたのではない。折れかけを、こっちの斧で落として走ったのだ。


 その横に、もう一つ並んでいた。


 赤い旗だ。


 港が静かになった。前の列の者が下がろうとして、後ろの者が動かないので下がれずにいる。


 追われているのではない。追っているのでもない。


 同じ速さで、同じ間を空けて、並んで入ってくる。


     *


 ティンニーンが着けて、板が渡された。


 いちばんに降りてきたのがハムザだった。刈った頭に灰がかぶっている。腰の縄がほどけて垂れたままだ。


 大股で来て、そのまま俺にぶつかってきた。


「オヤジ」


「無事か」


「無事です。無事ですけどねえ」


 背中を叩いた。灰が舞った。


「だから言ったんだ。オレは総督なんて柄じゃねえ」


「言ってたな」


「言いました。ずっと言ってました。聞かなかったのはオヤジです」


「あっはっは。次も聞かん」


「このクソオヤジ!」


 ハムザは、俺の横の子を見た。それだけだった。


「あれは」


 俺は顎で、赤い旗のほうを指した。


 ハムザは振り返らずに言った。


「あっちが先に、ロルオーの後ろを潰しました」


「こっちの旗を撃たずにか」


「矢の一本も、こっちには来てません」


 腰の縄の端を、指に巻きつけては解いている。


「それで」


「終わったら、ついてきました。オレは何も言ってねえ。あっちも何も言ってねえ」


「ニオイは」


 ハムザは、そこで初めて振り返った。


「もう、しません」


     *


 赤い旗の船が、こちらの列の外側に着けた。板は渡さない。


 舷の上に、赤が立った。


 衣も帯も靴も赤で、首まで閉まっている。左の袖は、肘から先が折り返して留めてある。


 銀の髪が、風で片側へ流れた。


 この男の顔は、海の上で見ている。矢の届く距離まで寄ったこともある。


 男は、何も言わなかった。

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