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白王と黒王  作者: ブルースライム
第3章:レーヌ小国群

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203/210

第203話:後ろ

 海賊の言伝が来たのは、まだ日が高いうちだった。


 紙もない。小舟で漕ぎ寄せた男が、舷の下から怒鳴っただけだ。


 前は任せる。後ろへ回る。


 それだけ言って、返事も待たずに離れていった。宛名も、署名も、印もない。ものを頼む者の口の利き方ではなかった。


 私は笑った。副官も笑った。


「言伝の形すら知らんとみえる」


「ガルシア船長。海賊に形を求めるのが酷なのでしょう」


 だが、悪くはない。


 前を我々が引き受け、あれが向こうの尻を突く。海賊ごときに任せられるのは、そのくらいのものだ。


 綱を投げて乗り移って暴れるしか能のない連中を、並びの中に入れたところで、位置を守れと言って守るはずもない。


 外を回らせておくほうが、こちらの邪魔にならない。


 受ける、と返させた。


     *


 問題は、前をやるのが誰か、である。


 オソリオ侯の船団は、朝から数を減らしている。うちは減っていない。減っていないほうが前へ出る。道理である。


 その道理を旗にして回させたのは私だ。公爵閣下のお耳には、そう入る。


 日が傾いてから、返ってきた旗も同じ形だった。塊を真ん中へ寄せろ、と。


 舳を揃えさせた。旗と旗のあいだを詰めさせた。前を細く、厚くする。細く厚くまとめれば、曲がらずに済む。まっすぐ抜くだけだからだ。


 抜けた先には、向こうの港がある。傷んだ船を引き上げるのも、帆桁を積み替えるのも、あそこでしかできまい。


 あそこの前に立てば、この海は終わる。


     *


 伍長が上がってきた。


 平民から拾い上げた男で、目はいい。


「船長。後ろの海賊が、噛みません」


「回っているのだ。後ろへ回れと、あちらが自分で言ってきた」


「回っているのなら、離れていくはずです。昼からずっと、同じ間合いです」


 副官が鼻を鳴らした。


「貴様は海賊の心づもりが分かるのか」


「漁師の倅ですので、海のやつらのことは、少しは」


「なら漁のことだけ言え」


 伍長は口を閉じた。閉じてから、まだ何か言いたそうにしていた。


 私は手を振った。


「間合いを測っているのだろう。海賊は間合いを測る」


 言ってから、悪くない話だと思った。あれが後ろで動かずにいるということは、こちらの並びに手を出す気がないということだ。


 手を出されないのなら、後ろは考えなくていい。


 考えなくていいものが一つ減った。


「下がれ」


 伍長は下がった。


     *


 旗が振られて、塊が動いた。


 風は横から入っていた。舷が鳴って、甲板の下で人の音がして、そのあとは前しか見なかった。


 向こうの塊が、真ん中から割れた。


 思ったとおりだ。


 厚いものが来れば、薄いものは割れる。割れた両端は、割れた向きへ流れるしかない。細く厚くしたのは、そのためだ。


 私は舵の男に、まっすぐ行けと言った。


 左右の海が開いていく。開いた先に、向こうの港の影が見えた。


「船長。閣下の船団に、この形を伝えます」


 副官だった。


「伝えろ。誰が抜いたかもだ」


 抜けた。


 あとは向きを変えて、割れて外へ流れたやつの背を、左右から潰していけばいい。


「後ろへ展開。左右へ開いて」


 言い終える前に、上から声が落ちてきた。


「後ろ!後ろが燃えてます!」


     *


 振り返った。


 赤かった。


 我々が抜けてきた道の、そのまた後ろが、赤かった。水の上に燃えた帆が落ちて浮いて、その火の向こうから、また火が飛んでいた。火矢だ。数が分からないほど飛んでいた。


 燃えているのは、こちらの船だった。後ろに置いてきた、侯爵の船団だ。


 後ろから、焼かれていた。


 弓なりに伸びて動かなかったものが、動いていた。


 赤い旗が、真ん中から出てきていた。


 こちらの尻に向いていた。


「船長、右!右も来ます!」


 左右へ広がっていた海賊が、内へ向きを変えていた。外を回っていたのではない。外に置かれていたのだ。置いた手が、いま閉じにきている。


 そして正面で、割れて流れたはずのやつらが、艫を回して並び直していた。


 割れたのではない。開けられたのだ。


 私は前を見て、後ろを見て、それから左右を見た。


 包囲の真ん中にいるのは、我々だ。


 赤い旗は、前にいる。

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