第201話:二隻
布が増えた。
一つだったものが二つになり、二つが並びになった。黒が並んで、そのあいだに色のついたのが混じっている。
「オソリオの旗!その右にメンドーサ!」
見張りが上から声を落としてくる。
侯爵と公爵の旗が、お揃いで海に出てきやがった。陸のお偉いさんは、水の上でも偉いつもりでいる。
「もう隠す必要もなくなった、ってわけか」
並びを覚える。誰が誰の後ろに付きたがっているかは、旗の位置に出る。
向こうのほうが多い。
倍いるやつは、倍のまま来る。
まとめて来るやつは、まとめてしか曲がれやしねえ。
*
操舵長がこっちを見た。
「ハムザ総督。あの並び、真ん中が薄いです」
「見りゃ分かる」
薄く見せてるんだから、薄いに決まってる。
「右へ二つ。帆はそのままだ!」
舵輪が回って、舳が向こうの並びから外れていった。
「総督。それだと当たりません」
「当てに行ってねえよ」
風は西寄りのままだ。弱い。だが水の下は、さっきからずっと右へ寄っている。舳の上がる間合いで分かる。
オレは鼻から吸った。潮と、綱と、汗。
鼻の奥のイヤなやつは、まだ遠い。
艫のほうから声が来た。
「うちの二隻、離れます。……もっと離れます」
後ろの二隻だ。いまは右手の、風上のほうへ流れていっている。
「離しとけ」
「よろしいので」
「うるせえ」
若いのが帆綱のところで手を止めて、こっちを見ていた。見る暇があるなら引け。
「口を動かすな!綱を動かせ!」
*
風が変わったのは、日が水に近づく少し前だった。
帆がばたついて、それから張った。西寄りが北へ振れた。
「帆桁!」
言う前から返しはじめてるやつがいた。それでいい。
ティンニーンが横腹に風を入れて、前へ出た。
舵の男が後ろを見て、それから声が変わった。
「総督。……あの二隻」
さっきまで遅れていた二隻が、いまは風上に立っていた。
北から吹く風を、背中に受けている。風上にいる船は、風下の船へ、いつでも落ちていける。向こうは帆を返さなきゃ、こっちへ寄ってくることもできねえ。
「遅れてたんじゃ、ないんですね」
「説明が必要か?」
*
向こうの並びは、崩れるというより伸びた。
まとめて曲がろうとして、曲がりきれてねえ。旗と旗のあいだが開いていく。
開いたところへ、風上の二隻が落ちてきた。
向こうの列の真ん中へ、横から入った。入られた船は、帆を返して逃げるか、向き合うかしかねえ。どっちをやっても、並びから外れる。
一隻が外れた。隣も、釣られて外れた。列が、真ん中で二つに割れた。
「割れました!」
「見えてる」
割れた前の半分は、前へ出るしかなくなる。後ろの半分は、置いていかれる。
オレのほうは、前へ出てきた半分の、右の端を舐めた。
後ろの半分は、二隻が押さえている。二隻で押さえられる数じゃねえが、風上にいるあいだは、向こうから手が出せねえ。
舷と舷が擦れた。木がやられる音は、腹に来る。
どこかの船が燃えていた。火矢が刺さったんだろう。煙が上がって、低いまま這って、風下へ流れていった。
風下は向こうだ。
「総督。あっちは、見えてねぇはずです」
「そうだろうよ」
オヤジならもっとキレイに、考えてやるだろうな。
オレは違う。そこにいたほうがいい、と思ったとこへやるだけだ。
*
見張りの声が、さっきまでと違った。
「旗ァ!向こうの後ろに出ました!」
布が一つ、ロルオーの並びの後ろに立っていた。
赤。
甲板から音が消えた。
「……レイスだ」
誰かが言った。
「……後ろにもう一段いやがる!」
オレは鼻から吸った。
煙と、焦げと、潮。
さっきから鼻の奥に居座ってるやつは、まだ遠い。近づいてもいねぇ。
「ニオイは、まだ違う」




