第197話:覚悟はおありか
年寄りは、思い出したついで、という顔で言った。
『お役人が、お二人のことを訊いて、下へ戻っていった』
僕は、汁の椀を膝に下ろした。
お二人。行きにこの村へ寄ったのは、ベルナールとペドロだ。
訊いた人は、その二人を探してる。
で、いま火のまわりにいる僕らは、六人。
ベルナールは、年寄りのほうを向いたまま、しばらく動かなかった。
「ご親切に、痛み入ります」
年寄りは嬉しそうにした。
そりゃそうだ。この人は、教えてやったつもりでいる。実際そうだし。
「セリー」
ディエゴが手を出してきた。
僕は椀を渡した。まだ残ってたけど、飲んでる場合でもない。
*
外は、まだ明るかった。
ディエゴが荷を担ぎ直している。
「今日中に下りるのか」
「下ります」
ベルナールは、もう道のほうを向いていた。
「下の村は、寄りません」
ペドロは何も言わなかった。
村を素通りしない、と決めたのはこの人だ。
*
下りは速かった。
ディエゴがサフラを背負って、それでも僕より速い。婆さんの巻いた布が、揺れるたびに見える。
僕は腕を組んで歩いた。上着は、いま向こうの背中にある。
風が首から入ってくる。
寒いのが嫌いだって、ちゃんと言ったんだけどな。
下の村は、家のあいだを抜けただけだった。
水路のところに女が二人いて、顔を上げた。
ベルナールが頭を下げた。足は止めなかった。
女たちは、まだこっちを見ていた。
*
そこから先は、来た道だ。
奥の町も、最初の町も、抜けただけだった。宿は取らなかった。教会の宿坊にも寄らなかった。
夜は、道から少し入ったところで火を焚かずに寝た。
何日歩いたかは、数えなかった。
数えると、後ろのことを考えるから。
*
道が平らになった。
平らになると、遠くが見える。
見えるといっても、僕の目だと、まず形だ。白っぽい横のものが一本あって、その手前に、粒が並んでいる。
柵と、兵。
*
柵の前で止まった。
小屋から出てきた兵に、見覚えがあった。行きに横木を外した人だ。
「教会の方でいらっしゃいますか」
同じことを訊く。決まった言い方なんだろう。
「巡回にございます」
「どちらから」
「西の教区を順に。峠の向こうまで参りました」
兵は、ベルナールの後ろを見た。
ペドロの肩のところで、目が止まる。行きと同じだ。
「供は」
「四名にございます」
ベルナールは、そこで言葉を切った。
「それと、子が一人」
兵は数えた。
僕のところで数えて、ライアンで数えて、ディエゴの背中で止まった。
サフラは顔を上げなかった。結び目のたくさんある紐を、握ったままでいる。
兵は小屋へ入って、控えを持って出てきた。
書いた。
僕は、それを見ていた。
「お通りください」
兵は横木を外した。
外しながら、ベルナールのほうを見た。
「司祭様」
「はい」
「兄から、便りがありました」
兵は横木を抱えたままだった。
「先月の末に、港へ入ったそうです。母が、その日は畑へ出ました」
ベルナールは、目を閉じた。
「それは、ようございました」
*
柵を抜けた。
道は、行きと同じ細さだった。石が入れてあるところも同じだ。
しばらく行ったところで、後ろから音がした。
振り向いた。
土埃だった。僕の目だと、土埃と、その中で何かが動いている、というところまでだ。
「馬だ」
ディエゴが言った。
ディエゴが腰に手をやった。何も無い。
知ってるくせに。
土埃の中から、声が飛んできた。
「そやつらを行かせるな!」
遠いのに、そこだけ聞こえた。
ディエゴの背中で、サフラは動かなかった。
柵のところの兵が動いた。
さっきの人が、真っ直ぐこっちへ走ってくる。ベルナールのところへ来る。
「馬鹿な、越えてくるつもりか!」
ライアンの声だった。
だが、兵の足が止まった。その視線は僕らの奥を向いていた。
*
僕は、道の先を見た。
黒っぽい帯みたいなのが、横に伸びている。
さっきまで、無かったものだ。
帯が動いた。動いて、近づいて、人になった。
「そこまではロルオーだが」
前に立っている男が言った。見たことない人だ。
「横木の先は、ヌオモの土地である」
大きい声じゃなかった。
「越えるならば、越えたものとして扱う。その覚悟はおありか」
兵は手を引いた。
土埃が道の上に残って、それから薄くなった。
人を出すことはできません、って言ってたくせに。
*
その後ろに、もう一列いた。
列の前から、大柄なのが出てきた。
近くまで来て、ようやく顔が分かった。
エイブラムだ。
エイブラムは、僕らを順に見た。
見て、一人のところで止まった。
「ライアン」
それだけだった。
ライアンは、返事をしなかった。
僕は横を向いた。見るところじゃない。
*
息を吐いたら、眼鏡が曇った。
拭こうとして、上着が無いのを思い出した。
*
「ほらね。いてくれたら助かった」




