第195話:あきます
閂を外す音がした。
木の門が内側へ開いて、若い修道女が顔を出した。
私たちを見て、それからベルナール司祭様の襟に目を留めた。
「司祭様で、いらっしゃいますか」
「巡回にございます」
司祭様は、そこで少し間を置かれた。
「里の院の姉妹より、お話を承りました」
修道女の手が、門の縁から離れた。
「あの子のことで、こちらまで……?」
「はい」
「二日も、歩いて……」
そのあとが続かなかった。
修道女は袖で顔を拭って、門を大きく開けた。
「どうぞ。日が暮れます。狭いのですけれど」
*
庭に子どもがいた。
井戸のところと、板の間の前と、塀の際に。
ディエゴが荷を下ろしにかかった。
「リアン、そっち持ってくれ」
「分かった」
下ろすと、子どもが寄ってきた。
「重いから怪我をするぞ」
「もつ」
「では二人でやるといい。腰を落として」
紐を持ち上げて、動かないので笑っている。
塀の際にいた子は、寄ってこなかった。
髪が白い。白いというより、銀に近い。
伸びるにまかせてあって、肩より少し下で乱れている。
痩せていて、小さい。
*
ペドロ殿が井戸へ行った。
桶を二つ提げて、板の間まで運んでいる。
子どもが後ろをついて回っていた。白いマントの裾を掴もうとして、届かない。
*
中は、暗くなるのが早かった。
窓が高いところに一つしかない。
修道女が燭を持ってきて、卓に置いた。
卓の端に、枠を引いた紙が重ねてあった。
*
「里の姉妹には、うまく申せなかったのです」
修道女は、ベルナール司祭様の向かいに座った。
「犬のことは、お聞きになりましたか」
「承っております」
修道女は手を膝に置いた。
「あれから、考えていることがございます。あの子は、言いつけたことを必ずいたします。断りません」
修道女は燭のほうを見ていた。
「水を汲め、と申せば汲みます。もう休め、と申せば休みます。ほかの子は、どちらも渋ります」
「渋らぬことが、お気にかかりますか」
「……はい」
言ってしまってから、修道女は口を押さえた。
「申し訳ございません。よい子でございます。よい子なのです」
ベルナール司祭様が、目を閉じられた。
「その子と、話をしてもよろしゅうございますか」
「はい。あまり喋りませんけれど」
*
夕餉は麦と豆だった。
板の間に車座になって、年嵩の子が椀を配って回る。
ディエゴが手を出して、断られていた。
「客に持たせるな、だとよ」
ディエゴは笑って、壁にもたれた。
「お前も坐ってろ。立ってると配られねぇぞ」
セヴィは子どもに挟まれていた。両側から詰められて、動けないでいる。
「セリー、狭そうだな」
セヴィが顔だけ上げた。
「……潰れる……助けて」
*
「あの」
私は、そこまで言ってやめた。
修道女がこちらを見た。
「いえ。よく食べますね」
「お恥ずかしい限りでございます」
修道女は笑った。
修道女が戸口へ声をかけた。
*
「サフラ。水を」
*
私は椀を持ったままでいた。
ディエゴが、噛むのをやめた。
セヴィは、子どもに囲まれてよく見えない。
*
塀の際にいた子が、水差しを持って入ってきた。
両手で抱えて、こぼさずに、一人ずつ注いで回る。
ベルナール司祭様の前で、その子は膝をついた。
「司祭さま」
「頂戴いたします」
私のところにも来た。
「ありがとう」
その子は、少しだけ頭を下げて、次へ行った。
*
子どもたちは、すぐには寝なかった。
セヴィが眼鏡を外して、上着の端で拭いていた。
それを見ていた子が手を出した。
「かして」
「いいよ」
セヴィはその子の顔に眼鏡を掛けてやった。
子どもは目を丸くして、それから声を上げた。
「ぐにゃぐにゃだ!」
「そうだよ。僕はそれで見てる」
順に掛けて、順に笑った。
セヴィは取り返して、上着で拭き直してから掛けた。
そのうち、誰かが自分の持ち物を出した。
平たい石。木の実の殻。結び目のたくさんある紐。
出しては隣に押しつけて、戻ってくる。
サフラも輪の中にいた。
燭のいちばん近いところに坐っていた。
首の紐を引き上げて、掌に載せた。
小さな、楕円の飾りだった。
子どもの一人が、それを指した。
「それ、あくんだよ」
サフラは、親指の爪を縁に掛けた。
「あきます」
蓋が横へ開いた。
中に字が彫ってあった。
爪ほどの面に、細く彫ってある。
バルカ、と読めた。
セヴィが顔を寄せた。
寄せて、そのまま動かなかった。
*
修道女が手を叩いた。
子どもたちが立って、椀を集めはじめた。
サフラは蓋を閉じて、紐を襟の中へ落とした。
*
板の間に、私たちだけが残った。
セヴィは、サフラが坐っていたところを見ていた。
セヴィが小さく言った。
「バルカ」
*
「レイスが、捨てた姓だ」




