第194話:お二人で
峠道は、登りはじめが緩い。
緩いところで足を使うと、上で効いてくる。私は歩幅を狭くした。
前をベルナール様が行かれる。
その後ろには、私しかいない。
五人で歩くときは、いつもこの並びだった。ベルナール様のすぐ後ろにライアン殿。荷はディエゴ殿が背負い、セヴィリーナ殿が一番後ろを歩く。
誰が決めたものでもない。歩くうちに、そうなっていた。
今日は二人だ。
道は思ったより踏まれていた。
冬が来る前に、峠の向こうへ用のある者がいるのだろう。麦の袋を背負った男と擦れ違い、空の荷車と擦れ違った。
擦れ違うたびに、私は荷を見た。
こちらが見なければ、向こうも見ない。だいたいはそうなる。
*
三日前の夜。
宿の卓で、私は皆に提案をした。
*
「二手に分かれてはいかがでしょうか」
ベルナール様は、手を膝に置いたまま、こちらを向かれた。
「理由を伺いましょう」
「境の関で、ベルナール様は供を四名と申されました。あれは控えに残ります」
「残ってよいものでしたね」
「はい。教会の一行が国を通るのは、隠すことではございませんので」
ライアン殿とセヴィリーナ殿が、こちらを見ておられた。
私は続けた。
「ですが、洗う者は数から入ります。日と、名と、供の数。そこしか揃って残らないからでございます」
卓上にあった二つの杯の間を、指でなぞる。
「これから通るのは村ばかりで、関はございません。村に控えはございませんが、人が数えます。そして、村から村へ、先触れが届く可能性がございます」
ディエゴ殿が椅子を軋ませた。
「そんなもん、どうしようもねぇだろ」
「しかし、届く数のほうは、変えられます」
私は、ベルナール様を見た。
「ベルナール様と私だけで参ります。三人には、二日先に発っていただきたいと考えております」
「峠は一本道と聞いておりますが」
「はい。それでも、同じ刻限に同じところを通らなければ、同じ一行には見えません」
ライアン殿が身を乗り出された。
「私たちは、先に行って待てばよろしいのでしょうか」
「峠の手前でお待ちください。村には寄らず、人目に触れぬよう泊まらずに。院へは、はじめから五人で参ります」
「泊まらずって、野宿かよ」
ディエゴ殿はそう言って、肩をすくめた。
セヴィリーナ殿は、襟をかき合わせた。
「僕は、外で寝るのは嫌いなんだけどな」
「存じております」
「知ってて言うんだ。嫌な感じだなぁ」
「外は寒いですよ」
「はい」
「ペドロ」
「はい」
「それは必要なことですか」
私は、そこで少し考えた。
考えても、出てくるものは同じだった。
「強くはございません。手遅れかもしれませんが、やらぬよりはよいかと」
「なるほどね」
セヴィリーナ殿だった。眼鏡を外して、上着の端で拭いておられる。
「五人で動いていることは知られてると思っていいでしょ。だから今更人を割っても、僕らから目が逸れるとは思えない」
ライアン殿が問う。
「セヴィ。それは反対ってことか?」
「いや。なんで今割る必要がある?割れた三人はどこへ行った?と思わせることはできるかも。まさに、やらないよりは、だね」
ベルナール様は、目を閉じられた。
「では、そのように」
*
私はかつてライアン殿に、目を合わせるなと申し上げた。
合わせなければ覚えられない、と申し上げた。
あれは、一人ずつの場合だ。
司祭の一行は、目を合わせなくても人の頭に残る。
*
下の村に着いた。
二十軒ばかりの村である。水路が真ん中を通っていて、女が二人、そこで菜を洗っていた。
ベルナール様は、二軒を回られた。
一軒は、腰の立たなくなった女の家。もう一軒は、去年に子を亡くした家である。
どちらの家でも、同じだけの時間をかけられた。
私は戸の外に立っていた。
立っているだけでいい。
*
一夜を過ごして村を出るとき、村の男が私のところへ来た。
「司祭様は、これから上へ行かれますので」
「はい」
「では、倅を走らせておきます。峠の道は、うちの倅が一番速いんです」
男は嬉しそうだった。
「上にも、待っている者がおりますので」
「ありがたく存じます」
先触れは、こちらから頼んだものではない。
この男は、そうしたいからそうしただけだ。
*
上の村へは、昼前に着くことができた。
十軒あるかどうかの村だった。畑は坂に沿って段になっていて、下から順に刈ってあった。
村の入口に、人が立っていた。
「これは司祭様。よくぞおいでくださいました」
白髪の年寄りだった。若い頃は力仕事をしていたのだろうか、よい体格をしている。杖を持ち替えて、頭を下げた。
「お待ちしておりました」
ベルナール様が足を止められた。
「お待ち、と申されますと」
「下の村から先触れがございまして。司祭様が、お二人でお越しになると」
年寄りは、私のほうも見た。
「うちの婆さんが、去年から目を悪くしておりまして。祈っていただけますでしょうか」
「承ります」
村の者が集まってきた。
六人ばかり。畑から上がってきた者もいる。
ベルナール様は家に入られ、私は戸の外に立った。
「あの」
年寄りの息子らしい男が、私のところへ来た。
「つかぬことを伺いますが」
「どうぞ」
「支度は、お二人ぶんでよろしかったですよね」
「はい。二人にございます」
「いや、なに。下から来た者が、そう申しておりましたので」
男は笑った。
「粗末なものではありますが、量はしっかりございます。遠慮なくお召し上がりください」
「ありがたく頂戴いたします」
私は、それ以上訊かなかった。
こちらから引き出したものは、あとで思い出される。
*
境の関の控えには、司祭が一名、供が四名と残っている。
下の村と上の村に残るのは、司祭様と、供が一人。
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朝、年寄りが道の途中まで送ってくれた。
杖をついて、思ったより速く歩く。
「ここから先は、家がございません」
「はい」
「お帰りにも、どうぞお寄りください」
年寄りは、そこで立ち止まった。
「お待ちしております」
私は、頭を下げた。
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日が傾く頃、屋根が見えてきた。
石を積んだ塀と、木の門。庭に洗い物が干してある。
子どもの声がした。
下りきる手前に、木立があった。
その中で、三人が待っていた。
ディエゴ殿が片手を上げた。顔に泥がついている。
「おう。遅ぇぞ」
平気な顔をしている。
セヴィリーナ殿の唇が、白い。
「歩こう。止まってると寒い」
私の横を通り過ぎて、そのまま先へ行かれた。
ライアン殿が、荷を持ち直された。
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五人になった。
*
門は閉じている。
ベルナール様が、門を叩かれた。




