第190話:やっぱり全部
五人で卓を囲む。
揃ってみると、全員ひどい顔をしてやがる。
ちっちゃい眼鏡は目の下が黒いし、真面目は日に焼けて鼻の皮が剥けてる。
ペドロだけが涼しい顔をしているが、こいつは酒場を回ってたんだから当たり前だ。
「ずるいよなあ」
「何がです」
「あんただけ毎晩飲んでたんだろ」
「務めでございますので」
こいつ、笑いながら言いやがる。
司祭も、昨夜のうちに戻っていた。
卓に、それぞれ持ってきたものを出す。
出すといっても、紙はちっちゃい眼鏡のぶんしかない。
あとは口だ。
*
「じゃあ、動かないところから」
ちっちゃい眼鏡が言った。
「女の子がいた。歩いて境まで来た。転んでも泣かなかった」
「そこはもう、いいだろ」
「全然よくない。ここが動かないから、あとが全部『動いてない』って言えるんだよ」
ペドロが頷いた。
「侯爵家に雇われていた男が、そう申しました。抱えてやろうかと言ったら、断られたそうです」
「で、境で連れていかれた」
「良い身なりの男が、三人ないし四人。役所の紙を持って、名を読み上げて、その子だけを荷馬車に乗せました。銭は動いておりません」
真面目も質問をする。
「ペドロ殿。侯爵家の元門番。彼が言った少女の名は、確かなのですよね?」
「はい。間違いありません」
*
「サフラ、と」
*
「じゃあ、そこから先」
ちっちゃい眼鏡が帳面を開いた。最初の町の教会で写してきたやつだ。
「向こうから流れてきた人らは辿れた。名を変えた人も、行った先も書いてある。そこは前に言ったとおり」
皆が頷く。
「その中に、大人と並んでない子は一人もいなかった」
眠そうに目をこすって続ける。
「でも、写せたのはこの教区ぶんだけ」
ちっちゃい眼鏡は次の頁をめくって、それから閉じた。
「全部の教区を回るには、僕らはあと何か月ここにいなきゃいけないと思う?」
誰も答えなかった。
*
「道のほうは、辿れた」
真面目の順番だ。
「王都の者が、去年の秋にこの奥へ入っている。急ぎで、馬を替えて、荷は積み替えず、坂は迂回。覚えている者は大勢いる」
「じゃあ辿れるだろ」
「通ったところまでは、な。その先を知っている者にまだ、会えてない」
「隠してんのか?」
「いや。本当に知らないのだと思う」
「ちっ」
真面目は少し黙ってから言った。
「隠してる者から聞き出す方法はいくらでもある。でも、知らない者からは聞き出せない」
*
「詰所も、似ておりますね」
ペドロだった。
「下の者はよく喋ります。誰が誰の縁者で、誰が博打で負けたか。銀を見せれば、もう少し喋ります」
「見せたのかよ」
「ええ。安いものでございました」
ペドロは椀を置いた。
「ですが、王都から来る一行の話になりますと、そこで層が変わります。上の者ほど、知らされていない」
「もっと銀を積んで聞き出そうぜ」
「上になればなるほど、銀の効果は弱まりますので」
*
最後が司祭だった。
「私は、州のお役所へ参りました」
「僕らじゃ無理だからね」
「司祭が民の暮らしを尋ねるのは務めにございます」
この男は、どこへでも入れるのか……。
そう考えたら、なんかこう、恐ろしくなった。
「向こうは丁寧でございました。逃れてきた者を、どこの家に置いたか。控えを出して、見せてくださいました」
司祭はそこで、少しだけ間を置いた。
「ですが、余りは一人もおりませんでした」
*
俺は、しばらく黙っていた。
当たれば何かが出る、というつもりでいた。出ないなら当たり方が悪いんだろうと思っていた。
だが、いま司祭が言ったのは、それとは違う。
向こうは戸を開けた。中を見せた。そこに無かった。
「あのさ」
ちっちゃい眼鏡が言った。
「やっぱり全部、意図を感じるよね」
「何がだよ」
「女の子は確かにいる。だけど紙に無い。人の口に無い。役所の控えに無い」
ちっちゃい眼鏡は帳面の背を指で撫でた。
「別々の道なのに全部、同じところで切れてる」
「偶然じゃねぇってことか」
「正確に言うと、切ってある、だね」
「女の子はいるんだよ……な?」
「いるよ」
ちっちゃい眼鏡は帳面から手を離した。
「荷馬車に乗って、その先のどこかにいる。そこだけは間違いない」
*
「なぁ、司祭様」
「はい」
「俺らは、いつまでいられるんだ?」
「教区は、あと三つにございます」
「回り終えたら」
「留まる謂れがなくなります」
「延ばせるのか?」
「延ばせば、なぜ延ばすのかを問われます」
*
誰も、明日どこへ行くとは言わなかった。
ちっちゃい眼鏡が帳面を閉じて、脇へ押しやった。ペドロが空の椀を重ねた。真面目が立って、窓の板を下ろした。
俺は、卓に残った水の輪を、袖で拭いた。




