第189話:上のほうの人ら
新しい町は、前のところより大きかった。
セヴィは少し疲れた様子で、ディエゴは『酒が飲める』と小躍りしていた。
道が二本、町の外れで合わさっている。片方は境から来た道で、もう片方は、もっと奥から来ている。
合わさるところに、車を直す小屋があった。
*
私は、旅の者が訊くであろうことを訊いた。
「次の町までは、どれほどですか」
「荷を積んでるなら二日。身一つなら一日半だな」
「冬も通れますか」
「通れるぞ。ただ凍ると、轍が浅くなるんだ」
男は車輪を横にして、外側の輪を叩いていた。音を聞いている。
「荷は、どこで積み替えるんでしょう」
「ここだよ。ここから先は坂が続く。四つ足で引ける荷が変わる」
であれば、この小屋は物を覚えている可能性が高い。
通る者は、みなここで一度止まるのだから。
「去年の秋は忙しかったんだ」
男は自分から言った。
「向こうから人が来た。食えなくなった連中だな。ぞろぞろ歩いてきて、ここで振り分けられて、あちこちへ行ったな」
「難儀でしたね」
「まあ、車は儲かったんだがね」
男は笑った。それから、輪をもう一度叩いた。
「あと、上のほうの人らもよく通ったぞ」
「上のほうというのは?」
男は輪を立てて、床に転がした。
「王都の人らだ。あの時期はやたら往来が多かったな」
ペドロ殿が話をしてくれた、役所の紙を持った男たちのことだろうか。でも『往来』と言っている。
「急いでたんだろう。馬を替えて、そのまま行った。うちで替えて、次でまた替える。良い馬を求めるから身入りもいいんだ」
「そういう方々も、荷を積み替えるんですか」
「いや、積み替えないな。坂は迂回していく。遠回りだが、そのほうが速い」
礼を言って別れ、私たちはその『遠回りの道』を行くことにした。
*
半日で次の村に着いた。
村の井戸で、水を汲んでいる若い女に道を訊いた。ここでも同じことを訊いた。次の町まで、冬の道、水の場所。
女はよく答えてくれた。
「あんた、どこから来たの」
「司祭様のお供です。教区を回っているのです」
「へぇ。あんまり教会の人には見えないけど」
「そうなんです。きっと信心が足りてないんですね」
女はケラケラと笑った。
身なりの良い旅人の話も出た。
「あたいらみたいな農民が顔合わすことなんて多くないからね。そりゃもう緊張したよ」
通りかかった男が「あれはお前さんを見定める目だったぞ」というと、何いってんだい、と言って追い払った。
確かに農家の娘にしては顔が整っているな、と思った。
「おい、リアン。信徒に女は厳禁だぜ」
意地の悪そうな笑みを浮かべてディエゴが茶々を入れる。
「嫌だぁ。そんなんじゃないわよ」
まんざらでもない空気を感じ取った。やめろ。
*
それからもしばらく世間話をしながら、行き先のことを訊いた。この先の村までどれほどか、という顔をして。
「そのお人らも、この道を先まで?」
「さあ」
女は嫌な顔をしなかった。
考える顔もしなかった。
「そういうのは、聞かないからねえ」
*
その先で立ち寄った町や村でも、同じだった。
話はいくらでも出てくる。
誰が何を運んだか、去年の雨で橋がどうなったか、どこの犬が噛むか。
王都から来た者たちのことも、通ったことまでは出てきた。
けれども、その先が出てこない。
断られてはいないし、濁されることもない。
それだけのことしか知らないのだろう。
ペドロ殿が言った。
「頭に残ることと残らないことを、分かった上で行動していたようですね」
王都から来た身なりの良い人物が行動すれば、それは嫌でも人の頭に残る。
ただそれ以上のことを残していない。
つまり。
「残しちゃまずいって自覚があったってことでしょ」
セヴィが呟く。
「あと、面白いことがわかったよ」
「何が」
「人が増えて散って、を繰り返してる」
セヴィが言うにはこうだ。
身なりの良い集団は、町に立ち寄ると別の人物や馬車が合流。そこから二手に分かれて先を行く。
次の町でも同じように合流して、また二手に分かれて先を行く。
そして行ったきりではなく戻ってまた町や村に姿を見せる。
「なかなかに念入りだよね」
私もそう感じた。
「面倒なのはさ。足を辿られる可能性を計算してる、ってところだよ」
「誰にだ」
セヴィは水筒の水を一口飲んだ。
*
「赤い人、僕ら、それとも別の誰か」




