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白王と黒王  作者: ブルースライム
第3章:レーヌ小国群

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188/223

第188話(幕間):一人でございます

 午後に、呼び出しがあった。


 書きかけの一枚を伏せて、袖を直した。髪に手をやる。

 

 直すところは無い。


     *


「ドゥアルテ法官長、参上いたしました」


 陛下は窓のほうを向いて立っておられた。


「オソリオ侯が出た。西へ回った」


「聞き及んでおります」


「メンドーサ公の船も出した。東に残した」


 分けた、ということである。


「両方に出せば、どちらの家にも不興は残らぬ」


 陛下は振り向かれた。


「そちは、一つに絞れと申したな」


「申し上げました」


「余は分けた」


「はっ」


「赤い旗のことだ」


「はい」


「メンドーサ公は、あれからも言い続けておる。拠り所を明かさぬ者に、国の船は預けられぬ、と」


「ごもっともかと存じます」


「そちは、そう思ってはおるまい」


「仰る通りにございます」


 陛下は王冠の縁に指を掛けて、位置を戻された。


「では訊く。あれは、なぜ保つ」


「あの男には、失うものがございません」


 家族は縛り首になった。女は死んだ。国は捨てた。


「銀を積んでも動きません。脅しても効きません。失うもののない者を動かす手は、一つしかございません」


「一つとは」


「失うものを、こちらで作ることにございます」


 返答は無かった。


「作りましたので、動きます。以上でございます」


「それは、人か」


「はい」


「何者だ」


「一人でございます」


     *


 陛下の指が、王冠から離れた。


「一人、と申したか」


「申しました」


「余は、数を訊いたのではない」


「臣は、数でお答えいたしました。ほかに申しようがございませんので」


 窓の外で、鳥が二羽、屋根から屋根へ渡った。


「その物言い、法官長の分であるか」


「恐れながら、分は存じております」


「存じておって、そう申すか」


「はい」


 鳥は、もう見えなくなっていた。


「陛下。あの旗が下りますと、雇いの船は雇いに戻ります。銀が尽きれば帰る者たちでございます」


「分かっておる」


「そうなればヌオモの港は保ちます。保たれれば、こちらは兵で押すことになります。あの総督が退いたとは申せ、ヌオモの守りは厚うございます」


「押すのであれば」


「船をあと三十と、兵を八千は積み増さねばなりません。積み増した者が、みな戻るとは限りません」


 そこまで申し上げて、私は止めた。


「一人でございます、と申し上げましたのは、そういう意味でございます」


     *


 陛下は、私のほうを見ておられなかった。


「西の港のことだが」


「はい」


「オソリオ侯には、焼いてよいと伝えてある。倉も網もだ」


「承知いたしました」


「もう一つある」


「はい」


「セフォーの兵が、ヌオモの港に入ったと聞いた」


「入っております。ドラントも同様にございます」


「同盟か」


「同盟にございます。セフォーは王女を名代として出しております」


「では、あれは三国であるか」


「三国でございます。ただ、まだ動きません」


「なぜ」


「向こうも、境を越える形を作れずにおります。越えれば、こちらが正面から戦を宣する口実を得ますので。あちらの宰相は、そこを承知しております」


「小賢しいのう」


「はい。臣も、同じことを申し上げております」


 陛下は答えられなかった。


「四つ目がございます」


「四つ目」


「ヴィタリスにございます」


 陛下の指が、また王冠へ行った。


「あの国は、遠かろう」


「遠うございます。ですが、ヌオモの港に兵を置いております」


「赤い旗の男は、何と申しておる」


「何も申しません」


     *


 あの男からは、港をいくつ焼いたか以外は上がってこない。


 訊けば答える。訊かねば、答えない。


「同行した船からは上がっております。ただ、船乗りの申すことでございますので」


「申してみよ」


「倒れぬ兵がいた、と」


 陛下は何も仰らなかった。


「斬っても向きを変えず、矢を受けても崩れなかった。そう言う者が、一つの船ではなく、幾つかの船から出ております」


「船乗りの申すことであろう」


「船乗りの申すことでございます」


 私はそう申し上げた。


「噂を、政の上に置くわけには参るまい」


「臣は、噂とは申しておりません」


 陛下は、王冠の位置を戻された。


「西の港の話に戻る。オソリオ侯には、日を切って報せよと伝えておけ」


「承知いたしました」


 それきり、赤い旗の話は出なかった。


 私は一礼して、下がった。


     *


 自室へ戻ると、卓に束が届いていた。


 月に一度、この形で届く。どこから届いたものも、同じ形をしている。紙の大きさも、書く場所も、書く順も、私が決めた。


 同じ形をしているものは、どこから来たかが分からない。


 紐を解いて、めくった。今月も揃っている。


 一枚を引き抜いて、残りは戻した。


 この一枚を、あの男に渡す。男はそれを、最初に渡した一枚と見比べる。


 同じであれば、生きている。それだけを、あの男は知る。


 どこにいるかは、知らない。


 封に入れて、引き出しに収めた。


 鍵をかけて、書きかけの一枚を表に返した。


 末尾の位置が、書式より二字ぶん高い。


 これは戻す。

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