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白王と黒王  作者: ブルースライム
第3章:レーヌ小国群

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187/223

第187話:罪になるのか?

 詰所の隣に、酒を出す家がある。


 こういう家は、どこの国にもある。


 初日は、隅で飲んで帰った。二日目は、勘定のときに二人ぶん払った。払った相手には言わない。店の者に言う。


 三日目には、席のほうから声がかかった。


「ペドロさん、だよな。ベルナール司祭様のとこの」


「はい」


「こっちだ」


     *


 私は訊かない。


 注ぐ。減ったら注ぐ。相槌を打つ。時々、笑う。


 それだけで、人は喋る。喋る人は、喋りたいから喋っている。


 こちらから引き出したものは、あとで思い出される。向こうから出たものは、思い出されない。


 この夜の話は、東の海のことだった。港が三つ焼けた。船が戻ってこない。誰の従兄弟が乗っていた。


 こういう話は、勝っている側でも湿る。


「おい、あっちに座ってるやつにも聞けよ」


 誰かが顎で示した。


「あいつ、ヌオモからだろ」


     *


 卓の端に、一人で座っている男がいた。


 四十くらい。肩が厚い。左の手の甲に古い傷がある。


 剣を持っていた手だ。いまも持っているのだろう。この町のどこかの家に雇われている。


 私は椀を二つ持って、そちらへ移った。


「ご一緒しても」


「ああ、好きにしてくれ」


 半刻ほど、私は何も訊かなかった。男も何も言わない。


 それから、注ぎ足したところで、男が口を開いた。


「あんた、どこの国だ?」


「教会は国に属してはおりません」


「ずるい答えだな」


「ええ、よく言われます」


 男は初めて笑った。


「家が潰れてな」


「はい」


「爵位も、家も、財も、何もかもが取られた。俺は門番だった。門ごと無くなったんだ」


「歩いて来られたので」


「そりゃもう、歩いたさ。七十人から八十人はいたと思う。行列だよ」


 男は椀を卓に戻した。


「あんなに歩いたのは、生まれて初めてだ」


「徒歩の長旅となると、老人や子どもは大変だったでしょうね」


「老人は馬車に乗せた。子どもも、みんなそこそこ大きかったからな。……いや」


 私は、注いだ。


「小さいのが一人いたな。五つか六つか、そのくらいの女の子だ」


「それは、ご両親もご苦労されたことでしょう」


 男は首を振った。


「いや、誰のでもない。屋敷にいた子だ。母親が死んで、そのまま置いてあった」


「置いてあった」


「そういう言い方になる。飯も食わせてた。だが、誰の子でもなかった」


「歩けたのですか。その齢で」


「歩いたさ。文句も言わなかった」


 男はまた笑った。今度は、少し違う笑い方だった。


「妙な子でな。転んでも泣かない。俺が抱えてやろうかと言ったら、断りやがった」


「その子は、いまも一緒に」


「いや」


 男は、そこで手を止めた。


「境で、いなくなった」


     *


「はぐれてしまったのでしょうか」


「違うんだ。迎えが来た」


「迎え、ですか?」


「いい服を着た男だ。三人か四人、連れてた。紙を持ってた」


「紙」


「役所の紙だな。ああいうのは、遠目でも分かる。判が押してあった」


 男は椀を回した。


「名を読み上げて、その子だけ連れて行った。荷馬車に乗せてな」


「ほかの方々は?」


「そのまま通された。誰も止められなかったし、その子のことを誰も訊かなかった」


 男は、こちらを見た。


「あんただって、訊かないだろ? 俺たちだってそうだ。訊いていい場面と、悪い場面がある」


「確かにそのとおりですね。ちなみに銭は?」


「動いてないだろうな」


 男は即答した。


「売り買いなら、俺たちにも分け前の話が来るが、来なかった。あれは、そういうんじゃなかったと思うよ」


     *


 それから、男はしばらく飲んでいた。


 卓の向こうでは、まだ港の話が続いている。


「なあ」


「はい」


「一つ、聞いていいかな」


「勿論です。なんなりと」


 男は椀を持ったまま、そこを見ていた。


「俺は今、こっちの家に雇われてる。給金をもらってる。その家の若いのに、剣も教えてる」


「はい」


「そして、俺の故郷と戦をしようとしてる」


「はい」


「これは、罪になるのかな?」


 私は、椀を置いた。


「私は司祭ではございませんので、赦しは申せません」


「そうか」


「ですが、一つだけ」


「うん」


「あなたが食わせている者がいるなら、それは務めです」


 男は、しばらく黙っていた。


 それから、椀を空けた。


「ありがとう。今日、あんたと話ができてよかった」


「最後に一つだけ。先ほど話しのあった子どもの名前は覚えておりますか?」


「もちろんだ。名前は……」


     *


 勘定を済ませて、外へ出た。


 持ち帰るものは四つ。


 一 あの子はいた。境まで来た。


 二 境で、役所の紙を持った男たちが現れた。


 三 その子だけを連れて行った。


 四 その子の名前


 明日は、別の詰所へ行く。

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