第186話:一人では来ない
朝から、教会の前に人が並んでいた。
施しの日、と聞かされた。
麦と豆と塩を少しずつ配るんだって。
ここの司祭は年寄りで、手伝いが二人しかいない。
「すまないが……」
司祭は僕らを見て、それから僕の手を見た。
「字は書けるかね」
「はい、書けます。是非お手伝いをさせてくださいませ」
ライアンが驚いてた。『お前、敬語を使えたのか』でしょ、恐らくは。
「ありがとう、助かるよ。ではこっちに来てもらえるかな」
ディエゴは袋を運びに、ライアンは配る側に回った。
僕は卓に座らされた。
*
名を訊いて、書く。何を渡したかを書く。
それだけ。
帳面は結構分厚い。
継ぎ足して綴じてあって、去年の秋のあたりで紙の色が変わってた。
そして、そこから名が増えていた。
それも急に。
一日に二人か三人だったのが、十日で三十を超えだ。
僕は書きながら、前のほうをめくった。
名の横に、小さく字が足してある。
どこそこへ、と読める。
「司祭様。この横の文字はなんですか?」
「口を世話した先だよ。教会で食わせ続けるのは無理だからね」
司祭は袋に麦と豆と塩を詰めながら答えた。
「働ける者は、働ける先へ送る。それを書いておかないと、同じ人を二度、送り出してしまう」
なるほどね。
恐らくこの町は入口だ。
流れてきて、ここで一度食べて、それから先へ送られる。
ディエゴが言ってた市に人が余ってる、っていうのも、余ってるのは送られた先の話だろう。
僕は帳面をめくって、戻して、また前のほうを見た。
秋の名前は、こっちの土地のものと綴りが違う。
まとめて来ているから、同じ日に何人も並んでいる。
その横の「先」は、近くの町や村じゃない。
地図と照らし合わせる。
やっぱり、もっと奥だ。
腕のある者ほど、早く、遠くへ送られている。鍛冶。厩。織り。そういう字が並んでいる。
子どもの名前も帳面にはある。
あるけど、必ず誰かと並んで書いてあった。
誰それの子、誰それの連れ。
僕は一年ぶんを見た。
一人で書かれている子はいない。
*
「司祭様」
「うん」
「子どもだけで来ることって、あるんですか」
「それはないね」
司祭は考えもしなかった。
「腹の減った子は、必ず誰かが連れてくる。連れてくる者がいない子は、そもそもここへは来ないよ」
*
日が落ちてから、宿坊に戻った。
ディエゴが壁にもたれて足を投げ出している。ライアンは靴を脱いでいた。
「どうだった?」
「畑では子供を取ることはないと思う」
ライアンが先に言った。
「今日、三軒回ってみた。どこも人を入れてるけれど、いずれも大人だ」
そりゃそうだ。
「六つの子は働けない。けれども食べる。麦は去年今年と相場が高いらしい」
ライアンは靴を裏返して、中の砂を出した。
「だから、どの農家も取らない。取る理由がないからな」
*
僕は自分の帳面を出した。
消していく。
この町じゃない。飢えてもいない。畑でもない。
「ったく、どこにいるんだよ」
ディエゴが訊いた。
「わからない」
「おいおい……」
「わからないけど、一つ分かった」
僕は筆を止めた。
「あの子は、誰かにちゃんと食べさせてもらってる」
誰も、そうかよかったな、とは言わなかった。
ディエゴが足を組み替えた。ライアンは靴を持ったままだった。
「ベルナールが戻ってきたら、この町を発とうと思ってる」
「「どこへ」」
*
「奥。人が送られた先」




