第185話:明日は魚だな
町に入って、まず門を見た。
石は古いが、崩れていない。上のほうに継ぎ足した跡がある。そっちは新しいな。
『どう攻めるか』で見ちまうのは兵士の性だから仕方ねぇ。
*
「では、私はここで」
司祭が足を止めた。
「教区を順に回ってまいります。戻る日は決めておりません」
「決めてないのかよ」
「決めてしまうと、戻れなかった時に皆が迷うことになりますので」
「ペドロは」
「私は騎士の詰所を回ります。飲みに行くようなものです」
そう言って笑った。俺も連れてけ。
「教会の宿坊は話をつけてあります。三人でお使いください。人が来ることはございません」
二人は、そのまま別々の方向へ歩いていった。
残ったのは俺と、ちっちゃい眼鏡と、真面目。
荷は軽い。何も持ってないからな。
*
市に出てみた。
人が多い。多いというより、詰まっている。売り台の間を抜けるのに肩を回さないといけない。
売っているもの。塩漬け。乾かした魚。豆。布。壺。金物。革。
どれも積んである。売れなきゃ積まねぇよな。
「セリー」
俺が呼ぶと、眼鏡が振り向いた。
「なに」
……慣れねぇな。
「いや。なんでもねぇよ」
*
酒屋の前に人だかりができていた。
髭の男が樽の栓を抜いて、通りの連中に椀を配っている。
「息子の船が戻ったんだ、飲んでくれ!」
男はそう言っていた。
「ずいぶん待った。けど、荷も無事だ」
誰かが何か言って、笑い声が上がった。
男はもう一度、樽から注いだ。
俺は、隣を見た。
真面目は、そこを見ていなかった。
売り台の壺を見ていた。ずっと同じ壺を見ていた。
絵だと壺だのはさっぱりわからん。貴族様はお好きなようだがな。
俺は真面目の袖を引いて、そっちから離れた。
「腹減った」
「まだ昼だよ?」
「昼だから減るんだろうが」
真面目が、少し笑った。
*
日が傾いてから、門のほうへ戻った。
兵が替わるところだった。
俺は、替わり方を見た。
遅れない。重ならない。前の組が持ち場を離れるのは、次の組がそこに立ってからだ。
槍の持ち替えも、同じ手順でやっている。
こういうのは、言われてできるもんじゃない。やらせ続けた奴がいて、初めてこうなるもんだ。
貴族が幅を利かせてるって話だったけど、やることやってるのは、こっちとしては良い話じゃねぇな。
バカ貴族にアゴで使われてるような連中ばかりなら楽できたんだが。
*
眼鏡と真面目は別の筋を見ている。合流は日が落ちてからだ。
俺は市に戻った。
荷を担いでる男に声をかけた。
こういうのは荷担ぎに訊くのがいい。荷は動くから、動くものをよく見てる。
「なあ。この町、荷担ぎの口はあるかね」
「あんた、やるのか」
「連れがいてな。冬まで食わなきゃならねぇんだよ」
「今は難しいなぁ」
男は顎で通りの先を指した。
「人が余ってる」
「余ってる? こんだけ物が動いてるのにかよ」
「去年から流れてきたのが多いんだ。安く働くから、こっちの取り分が減る」
「どこから流れてきたんだ」
「ヌオモさ」
*
ここまでは、向こうが喋った。
訊いたのは口のことだけだ。それ以上は踏み込まない。訊けば、訊いたことが頭に残る。
「邪魔したな」
*
「どこ見てんだ!」
ぶつかった。周りに目をやってたんで油断した。
体が先に動いた。振り向いて、後ろの足に体重を移して、右手が腰へ行った。
そこで気づく、何も無い。置いてきたんだった。
「おい、聞いてるのかよ!」
樽を担いだ男だ。俺より頭一つ低い。
怒鳴られたが、問題だったのは俺の立ち方と動きのほうだ。
斜め向こうで、槍を持った衛兵がこっちを見た。
ちゃんと仕事してやがる。
俺はすぐに足を崩した。肩を落として、背中を丸めて、両手を前で組む。
殴られる側の形だ。
「すまん。よそ見してた」
深くは頭を下げない。深く下げる奴は覚えられる。目も合わせない。
男は何か文句を言いながら行った。
衛兵はしばらくこっちを見ていたが、そのうち隣の売り台の親父と話し始めた。
市で肩がぶつかるなんてのは、珍しくもねぇ。
衛兵が覚えてるのは、そういう男じゃない。腰に手が行った男だ。
*
俺は早足にはしなかった。
早足は目を引く。
人の流れに入って、角を曲がって、また曲がった。
しばらく歩いてから、息を吐いた。
*
「おかえり。なんかあった?」
ちっちゃい眼鏡が訊いた。
「あっちから人が流れてるのは間違いねぇ。市に流れて人手が余ってる」
「ふぅん」
「なんだよ」
「余計なこと、してないよね?」
俺は飯屋のほうを見た。煙が出ている。
「明日は魚だな」
「そればっかり」
門のほうは、見なかった。




