第184話:承ります
身の回りを汚す必要は、二日でなくなった。
爪も、襟も、靴も、歩いていれば勝手に汚れる。ペドロ殿が最初にやったのは、その日のぶんだけだった。
道は細い。
荷車が擦れ違えないので、向こうから来る者があると、こちらが草に寄る。寄って、通り過ぎるのを待つ。
待つあいだ、私たちは黙っている。
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「ご嫡子」
ペドロが横に並んだ。それから、呼び方を変えた。
「いや、リアン」
「はい」
「目を合わせないでください」
ペドロ殿は、前を歩く司祭様の背を見たまま言った。
「合わせなければ、覚えられません。人は、目を合わせた相手だけを覚えます」
「……はい」
「難しければ、荷を見ていてください。荷を見ている者は、荷を運ぶ者に見えます」
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「ジェイゴ、背筋」
セヴィが後ろから言った。
「なんだよ」
「のばさないで」
「のばしてねえよ」
「のばしてる。歩き方も」
ディエゴは肩を落として、それから、わざとらしく猫背になった。
「これでいいか」
「行き過ぎ。病人みたいになってる」
「てか、その呼び名。慣れねぇんだよ!」
万一の事を考え、互いを偽名で呼ぶようにしていた。
私はリアン、ディエゴはジェイゴ、セヴィはセリー。
ベルナール司祭様とペドロ殿に偽名の必要はない。
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四日目、道の先に柵が見えた。
柵と、小屋が一つ。柵の前に兵が十数名。奥に馬が繋いである。
荷を検めている。前に二組いた。
私は荷を見た。
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「教会の方でいらっしゃいますか」
「はい」
司祭様が前へ出られた。
「巡回にございます」
「どちらまで」
「西の教区を順に。日を決めてはおりません」
兵は、司祭様の後ろを見た。
ペドロ殿の肩の留め具に目が留まった。枝と根が広がっている。
「供は」
「四名にございます」
兵は数えた。数えて、それだけだった。
「お通りください」
兵は柵の横木を外した。
外しながら、少し迷ってから、こう言った。
「あの、司祭様。一つよろしいでしょうか」
まずい、と思った。ディエゴの目つきも変わる。
しかし私が予想するようなことは起こらなかった。
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「兄が、船に乗っております」
兵は横木を持ったまま話していた。持ったままだと気づいて、脇へ置いた。
「先月から、便りがありません。母が毎朝、港へ出ておりまして」
兵は、そこで言葉を探した。
「祈っていただくというのは、こういうことでよろしいのでしょうか。すみません、私は、あまり教会に行かないもので」
「承ります」
司祭様はそう仰った。
それから、兵の前へ二歩お進みになった。
私は荷を見ていた。
言葉は聞こえなかった。短かったと思う。
顔を上げたときには、兵はもう横木を戻しに行っていた。
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関を抜けた。
私は、何か変わるものと思っていたが、道は細いままだった。
細いが、荒れてはいない。
轍の深くなったところに、石が入れてある。新しい石だ。両脇の草も、伸びきる前に払ってある。
荷馬車と擦れ違った。しばらく行って、また擦れ違った。多くはない。だが、絶えるということもない。
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村の前を通った。
畑には人がいた。腰を曲げている者と、水を運んでいる者と、畦を走っている子ども。
麦は蒔いてある。畝がまっすぐで、間が揃っている。人手が足りていなければ、こうはならない。
畑の向こうで、誰かが笑った。何を言ったのかは、遠くて聞こえない。
一人がこちらに気づいて、腰を伸ばした。それから、司祭様に頭を下げた。
司祭様が下げ返された。
男はまた鍬を持った。
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「次の村までは、半日ほどにございます」
司祭様が仰った。
「宿は取れましょう。取れなければ、礼拝堂をお借りします」
「はい」
私は、返事をした。なんだか無性に横になりたかった。




