第183話:命が先だ
各部署の官に必要な指示を出した後、最優先の職務に着手した。
ロルオーに潜入する者たちに持たせるものの書き出しだ。
短剣。銀。薬。境から先の道の書付。関の名と、通れる刻限。
書きながら、上から順に線を引いた。
短剣は、従卒が帯びない。銀は、多く持てば宿で覚えられる。書付は、見つかったときに書付そのものが証しになる。
残ったのは、薬だけだった。
「ムフタル。それ、何」
セヴィリーナ殿が床から見上げてきた。綴りは昨夜のまま開いている。
「持たせるものを、と思いまして。ですが、ほとんど持たせられないという結論に、いま到達したところでございます」
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「剣はどうなる」
訊いたのはディエゴ殿である。
「置いていただくことになります」
「まじかよ!」
「はい。司祭様のお供が剣を吊っておりましたら、関の者がまずそこを見ます。従卒は、帯びません」
「丸腰で敵国へ行ってらっしゃい、ってか!」
「ええ、はい。そうなります。剣を持てば恐らく入口で追い返されることになりますけれども」
「そうか。まあ、そうだよなあ」
ディエゴ殿は首の後ろを掻いた。
「襲われた場合は、どういたしましょうか」
エイブラム伯爵のご子息である。
「相手と状況にも寄りますが、逃げていただきたい」
「逃げる、ですか」
「はい。あの、逃げる、というのは、恥ずかしいことのように聞こえますが、そうではありません。とにかく注目を避けるためです。道中、野盗に襲われた場合などは止むを得ず交戦となる場合あるかとは思いますけれども。ロルオーの兵や領民との衝突は是が非でも避けていただきたいです」
*
「恐れながら、私から一つよろしいでしょうか」
声がした。
白いマントの若い騎士が、戸の脇に立っていた。いつから居たのか分からない。
「改めまして、ペドロと申します。ベルナール司祭様の元で教会騎士を務めております。皆さまにご同行をさせていただきます」
腰の低い方だった。細身で、笑うと目がさらに細くなる。
皆さんとは顔見知りのようだが、エイブラム伯爵のご子息とは特に親しげに声を交わされていた。
「皆さまに身に着けていただくものは、私がご用意いたします。ただ少し、汚していただくことになります」
「汚すのですね」
「はい。旅の従卒でございますので。爪と、襟と、靴でございます。人はそこを見ます」
セヴィリーナ殿が筆を走らせながらディエゴ殿に声を掛けた。
「ディエゴは準備の手間が省けるね」
「どういう意味だよ」
*
エリアス陛下は、この場におられない。
朝から下の姫様に捕まっておられる。
*
「報せは、どうなさるおつもりでしょうか」
私が訊くと、セヴィリーナ殿は綴りから顔を上げずに答えた。
「え、出せないよ」
「出せない」
「だって、境を越えるときに文が確かめられるかもしれないでしょ?」
「では、あの、確認をさせてください。境を越えられてから戻られるまで、こちらは何も……?」
「何も」
「境に、留まるものを少し伏せておき、万一のときに動かせるように、と考えておりましたが……動かせと伝える手が、無いのですね」
「置いといてよ」
セヴィリーナ殿が言った。
「戻るときに、いてくれたら助かるから」
*
「先ほども少し話しておりましたが、ロルオーに見破られた場合、どうなりますでしょうか」
ファティマ殿下だった。
ベルナール司祭が答えられた。
「私とペドロは、害される可能性は低いと考えております。教会は国に属しませぬ。ロルオーにも教会がございます。司祭を殺せば、相手が変わりますゆえ」
「では、三人は」
「間者にございます」
司祭は、こちらを見ておられなかった。
「良くて牢。悪ければ、首を落とされますでしょう」
それを、他人の話のように仰った。
綴りをめくる音が、止まっていた。
私は、卓の紙を見ていた。線を引いた行が並んでいる。
あの詭弁は私が申し上げたものだ。ヌオモは関わっていない、という形にするために。
その形の上に、いま、三人が立っている。
「おい」
陛下だった。
「一つ言っておく」
陛下は、三人のほうを見られた。
「危なくなったら、探すのをやめて戻れ。子どもより、お前たちの命が先だ」
「それだと、失敗するかもしれないよ」
「それでもだ」
セヴィリーナ殿は少し黙って、それから頷いた。
「わかったよ」
「返事が早いな」
「王様もたぶん同じことを言いそうだな、って思っただけ」
陛下が笑われた。
私は笑えなかった。
*
支度は昼までに整った。
私は紙を裏返して、日付を書いた。




