第182話(幕間):何の心配もございません
*ドゥアルテとアルフォンソ王のイメージイラストを後書きに追加しました。
「ドゥアルテ法官長様。いかがでございましょうか」
書記官の報告を受けて紙に目を通す。
書き損じが一枚あった。
中身ではない。中身は正しい。日付も、名も、数も合っている。ただ、末尾の一行が、書式より二字ぶん高い。
私はそれを脇へ寄せた。
「これは戻します」
「は……。どこが、でございましょう」
「書式です」
「中身に誤りは」
「ありません。ですから、戻します」
書記官は紙を受け取って、しばらく見ていた。どこが違うのか分からない顔だった。
二字を見逃せば、次は四字になる。
書記官が出て行った。
卓の端に、束が一つ残っている。
紐を解いて、めくった。一枚ずつ、順に。どれも同じ形をしている。どこから届いたものでも同じ形になるように決めている。
途中で指が止まったが、先月分のあれはすでに届いている。
先へ進めて読み終えた後、引き出しに収めて鍵をかけた。
*
戸が鳴った。
「法官長様。御前の刻限にございます」
「参ります」
立って、袖を直した。髪に手をやった。乱れてはいない。
*
王の間には段がある。
上に玉座。三段下りて右に公爵家、左に侯爵家。そこからさらに下りて伯爵家。
誰がどこに立つかは、生まれた時から決まっている。
私の場所は、段の下である。
アルフォンソ・デ・ロルオー八世陛下は、王冠を被って座っておられた。
*
「東の三つは焼きました。網も倉も残しておりません!」
オソリオ侯である。
「船は」
「二隻を失いました。いずれも古いものでございます」
「大儀」
オソリオ侯は一礼して、それから続けた。
「次は西へ回りたく存じます」
「西は遠いのではないか」
メンドーサ公が言った。
「船を分ければ、東で押し返される」
「押し返す兵が、あちらに残っておりますかな」
「残っているかどうかを、確かめてから分けるのが順であろう」
「では、確かめるあいだ、船は港に繋いでおく、とメンドーサ公はおっしゃるのですな」
「よい」
陛下の声で、二人が下がった。
「法官長」
「はい」
「そちはどう見る」
「臣は、一つに絞るのがよろしいかと存じます」
「ほう」
「東の三つが焼けたのは、続けて叩いたからでございます。西へ回れば、東は戻ります。戻ればまた焼くことになり、同じ港を二度焼くことになります」
「では西は捨てるか」
「捨てるのではなく、後にいたします」
陛下は、外套の裾を直された。
「オソリオの申すことにも理があり、メンドーサの申すことにも理がある。いずれを採るにせよ、採らぬほうの者に不興を残すことになろう。追って沙汰いたす」
*
「陛下。もう一つ、伺いたきことがございます」
メンドーサ公だった。
「何であるか」
「赤い旗のことでございます」
段の上が静かになった。
「あの男は、まことに我らの側にあるのでございましょうか」
私は答えた。
「あの男は、こちらの求めに応じております」
ケサダ伯爵が『メンドーサ公は貴様に聞いているのではない!』と声を上げた。
「改めて法官長に尋ねる。応じている、と申すか」
「はい」
「では、応じさせているその拠り所は何か」
「お答えいたしかねます」
「……なんだと」
「口が増えれば、失われるからです」
メンドーサ公が、初めてこちらを向いた。
「陛下の御前でも、か」
「はい」
どこかで、誰かが息を吸う音がした。
「メンドーサ」
「はっ」
「今日の議は、それではあるまいな」
メンドーサ公が下がった。
「法官長」
「はい」
「余にも、であるか」
「恐れながら」
陛下は、私から目を離されなかった。
「左様か」
陛下は、背を玉座へ戻された。
「では一つ、余の問いに答えよ」
「はい」
「あの男は、次も出るであろうな」
「出ます」
「保つのか」
「何の心配もございません」
陛下は頷かれた。それきり、この件に戻られなかった。
*
「今日は、ここまでといたそう」
一同が頭を下げた。
陛下が立たれ、段を上がって、奥へ入られた。
私が身を起こしたとき、上の段では、もう別の話が始まっていた。
段を下りるとき、後ろで声がした。
「大変な自信でございますな」「躓かぬようにご注意するがよろしい」「調子に乗るなよ、若造」
足は止めなかった。




