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白王と黒王  作者: ブルースライム
第3章:レーヌ小国群

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179/223

第179話:奉公人帳

 番号を見ていた。


 三桁の、何でもない数だ。落とした順に打ってあるだけで、番号自体に意味は無い。


 落としたのは俺だ。だから、どれがどの家かは、番号のほうで覚えている。


     *


「陛下」


 ムフタルが言った。俺が黙っているからだ。


「これは、私が申し上げましょうか」


「分かるのか」


「流石に番号までは存じません。いや、お前ならそれもあり得るというお顔ですが、それは過大評価が過ぎます。陛下がその顔をなさるということは、対象の家は一つしかございませんでしょう」


 昨夜、俺は名を言わなかった。


 あの家は落ちて、爵位も家も財も無い。残った者は散った。どこかで名を変えて生きている者もいるだろう。


 俺が卓で名を言えば、その連中がもう一度掘り返される。それを良しとは思えなかった。


 だが、いまは要る。俺の感傷は二の次だ。


「サンチェ」


 俺は言った。


「サンチェ侯爵の家だ」


     *


 ファティマ王女が、綴りを引き寄せた。


「ムフタル殿。この家の人別を、もう一度」


「はい」


「居た人数が六十八人。出た人数が六十九人。やはり届出の紙の人数が一人、多いようですね」


 セヴィリーナが尋ねた。


「境を越える届出の紙って、何を書くの?」


「戸主の名と、人数と、行き先でございます」


「名前は?」


「戸主だけでございます。ほかは、頭の数だけを」


「じゃあ、その一名の情報は分からないね」


 セヴィリーナは綴りを閉じて、床に置いた。


「突き合わせるものが要るよ」


「と、申されますと」


「その家が自分で付けてた台帳。奉公人の。どこの家でもあるでしょ」


 ムフタルが動かなかった。


 動かなかったのは、無いからではない。あることに気づいたからだ。


「なるほど……。それは、押収した家財のほうに、入っているかもしれません」


「家財?どうして?」


「我が国の役所では、家の帳面は、家財と一緒に納める方式を取っているのです」


 人が、家財と一緒に納められている。


 制度を改めようと思っていたものの一つだ。


「ムフタル。すぐに取り寄せろ」


「蔵は都の外れでございます。往復で二刻ほど」


「二刻なら待てる」


     *


 待つあいだに、港から来た。


 東寄りの二箇所を襲った船は、エイブラム伯爵たちが着く前に離れていた。焼けたのは網小屋が一つ。死んだ者は無い。


 伯爵たちは、そのまま次の港へ回ったという。


 そして、赤い旗ではなかった。


 伯爵の息子が、筆を置いて肩を回していた。


 俺が見ているのに気づいて、慌てて姿勢を戻す。


「休め」


「いえ、まだ」


「休めと言っている。書く者が潰れたら、こっちが困る」


     *


 家財を記した帳は、日が変わる前に来た。


 セヴィリーナが受け取って、そのまま床に座って開いた。


 中程の頁だった。


「あった!」


 指を止めて、そこを読み上げる。


「サフラ。五つ。続柄、無し」


     *


「無し、とは」


 ファティマ王女が訊いた。


「そう書いてあるんだよ。名前と年齢はある。だけど続柄の欄だけ空。ほかの奉公人は全員、どこそこの誰々の子、って入ってるのに」


「その子だけが」


「うん、その子だけ」


 俺は、七年前のことを思い出していた。


 あの女、ナディアはサンチェ侯爵の家に連れて行かれた。そして、あの家で死んだ。


 自ら命を絶ったと聞かされていた。俺が聞いたのは、そこまでだ。


「ねえ。これ、一年前の帳面だよね?」


 ムフタルが、念のために表の表記を確かめる。


「はい。間違いありません」


「じゃあ、いまは六つ」


 娘は指を宙で二度動かした。数えている。


「生まれたのは、六年と半年くらい前」


     *


「レイスがヌオモを出たのは、七年前だ」


     *


 俺がそう言うと、セヴィリーナは指を止めた。


 止めて、それから顔を上げた。眼鏡の奥で、目が動いていない。


 紙をめくる音が消えた。


 ムフタルは水差しに手を伸ばして、伸ばしたまま置いた。王女殿下は帳面を見たままで、伯爵の息子は筆を持っていない。


     *


 レイスがなぜ、ロルオーの旗の下にいるのか。


 この部屋にいる全員が、同じことを思い浮かべ、同じことを確信した。

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