第176話:見たと言っていた
*レイスのイメージイラストを後書きに追加しました。
報せは昼前に来た。
王都から半日の港が狙われているらしい。ヌオモの者が地図を指したが、俺には印の場所しか分からない。
要所ではない、と言った。荷も少ない。船も小さいものしか着かない。
なぜそこなんだ、と誰かが言った。誰も答えなかった。
*
俺とヴォルフが出た。ほかに出られる者がいないからだ。
連れたのは百五十。半分をファティマ殿下と王都に残した。エリアス王をお守りする必要がある。
ヌオモの兵が同じほど付いた。
セヴィリーナとディエゴの若造。そして息子も付いてきた。
止めはしない。それぞれに為すべきことを為せばいい。
「父上」
「案ずるな」
*
道の途中から煙が見えた。
黒い。倉が燃えている。
あの煙の下で人が逃げる。そのために、倉は捨てると決めてある。
卓で決めたことが、そのとおりに動いていた。
*
港に入ると、桟橋のほうから声が上がっていた。
ヌオモの守り手が、水際で押されている。数が足りていない。
俺は隊を割った。半分を人の逃げる道へ回し、半分を桟橋へ寄せた。
我らが兵は崩れない。逃げない。押されても後ろへ下がらない。
水際で止まった。
止まったところで、船が一隻、寄せてきた。
*
その船だけ、旗が違った。
赤い。
*
一人で降りてきた。
背は高い。だが厚みがない。
銀の髪が乱れたままで、日に灼けておらず、海の男には見えない。
着ているものも赤で、首まで閉まっている。
左の袖が、肘の先で折り返して留めてあった。隠していない。
隻腕。こやつがレイスか。
俺は前へ出た。
我らが兵を出せば数で押せる。押せるが、押した先で焼かれる懸念がある。
それに、あれは数で当たる相手ではないと思った。
なぜそう思ったのかは、直感としか言いようがない。
「エイブラムだ」
返事はなかった。空虚と憎悪の入り混じった瞳がこちらを見ていた。
*
打ち込んだ。
セフォーに限らず、レーヌでも俺とやり合えるものは多くないと思っていた。起き上がってからはさらに腕を磨いた。上積む余地ができたからだ。
しかし、初手で、それが間違いだったと気付かされた。
合わせてこない。
受けもしない。
俺の剣がある場所に、あの男がいない。それだけのことが、何度も続いた。
刃が反っている。片刃で、先が下を向いていた。半月刀というのだと、あとでヌオモの者から聞いた。
持っているのは右の一本だけだ。
それで足りていた。
二度、肩を打たれた。
三度目で膝を割られた。
倒れながら、この男は俺を殺そうとしている、と思った。
手加減ではない。首を狙わないのは、狙う値打ちがなかったからでもない。
あの太刀筋は、生きている者なら一度で終わっている。
俺は、死なない。
起き上がった。
膝は割れているが、立てる。腕もまだ動く。首もある。
当たり所がよかっただけだ。
「父上!」
息子の声だ。
その声で、あの男が顔を上げた。
俺のほうは見ていない。声のほうを見た。それから、また俺を見た。
見方が、変わった。
*
斬るための見方ではない。
どこにも力が入っていない。頭の先から、胴のあたりまで、順に目が動いた。
俺が首をかばったのを、見ていたのだと思う。
矢が来た。
俺の脇を抜けて、あの男の足元に刺さった。
「退がれ!」
ヴォルフの声だ。
この男の声を、こういう出し方で聞いたことがない。
卓につけば動かず。話が済むまで同じ姿勢のままだ。
その男が、弓を捨てて走ってきていた。
「エイブラム!退がれ!」
二度言うということは、一度では足りないと思っているということだ。
あの男は、ヴォルフのほうを見た。
それから、桟橋のほうを見た。
我らが兵が並んでいる。押されても下がらない列だ。
しばらく、そちらを見ていた。
燃えている倉のほうへは、目を向けなかった。
半月刀を下ろした。
*
「見た。次はない」
*
それだけ言って、船へ戻った。
追わせなかった。追えば、あの列を崩すことになる。
赤い船が離れると、ほかの船も離れた。
火の手は上がったままだったが、寄せてくる者はもういない。
港は保った。
*
ディエゴの若造が騒いでいた。
「おい! あいつら引いていくぞ」
人が集まってきた。息子が先に来て、俺の膝を見て、それから顔を見た。口が動いたが、声になっていなかった。
ヴォルフが弓を拾いに戻っていた。
*
「とんでもねぇバケモノがいたもんだ。ただ、なんでか知らねぇけど助かったな!」
「いや、負けだよ」
セヴィリーナが間髪入れずに返した。
「あ? どこがだよ」
俺はセヴィリーナに伝えた。伝えるべきと感じたからだ。
「やつは、見た、と言っていた」
「そう」
セヴィリーナは、赤い船の消えたほうを見ていた。
*
「僕らのことを知られたんだ」




