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白王と黒王  作者: ブルースライム
第3章:レーヌ小国群

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175/223

第175話:減らされないように

 セヴィの言葉に、誰も反応を見せなかった。


 それは肯定の証だった。


     *


「留まるものが、失われたことはございますか?」


 ムフタル殿が訊かれた。


「ございます」


 ファティマ様が答えられた。


「大きな石で潰された者が、南のダウス王国との戦で。滝つぼに落ちて、上がってこなかった者が一人。首や胴を両断された者は、数えております」


「焼かれた者は、これまでも?」


「おります」


 ムフタル殿は、水差しに手を伸ばさなかった。


「なるほど。では初めてではない、ということですね」


「初めてではございません」


「なるほど、いや、これはそうだな。そうか。であるならば失礼を申しました」


 ムフタル殿は頭を下げられた。


「昨日から私は、『留まるもの』を減らない兵として勘定しておりました。なるほど」


     *


 私は、ダウス王国を攻めたときのことを思い出していた。


 兵士の名前は覚えている。上手に薪を割っていた男で、ダウス城を攻めたときに大石でやられた。父上が布を掛けさせて、そのままだった。


 そのとき、エリアス陛下はしばらく動かれなかった。


「助けられない」


 そう仰っていた。


     *


「少しずつですが、手を打っているところでした」


 ファティマ様が仰った。


「ヴィタリスの宮廷魔術師殿が、首のまわりを厚くする具を作りました。胴に巻くものも、二種あります。斬られても割れないように」


「衝撃はいかがでしょうか」


「吸いません。骨は折れます。ただ、断たれません」


「なるほど、なるほど」


「火の移りにくい盾も、試しております。油を通さない布を張ったものです」


「それで、どこまで保ちますか。あ、はい。火に対して、という問いです」


「火矢の一本、二本でしたら」


「大きな火には?」


「それは……保証しかねます」


 そこからムフタル殿の質問が怒涛のように続いた。聞いて謝り、尋ねて謝り。語られる速度も増していく。


 アフメド王が割って入らなければ朝まで続いていたかもしれない。


 私は、子供のころのことを思い出していた。


 『人が亡くなったら、なぜ焼かずに埋めるのですか』と、ベルナール司祭様に聞いたことがある。


 ベルナール司祭様は『火は大地に帰してくれぬからです』と仰った。


 では、どこへ行くのですか、と聞いた。どこへも行かぬのです、と仰った。行けぬのです、とも仰った。


 私はその言葉を長いあいだ、優しいものだ、と捉えていた。


     *


「……陛下」


 ムフタル殿が、アフメド王のほうを向かれた。息が切れている。


「あの男は、港へ来る、とき、必ず、倉から、です」


「そうだな」


「倉が、燃えて、いる、あいだ、人は、倉のほう、を、見ます」


「見るな、と言っても見る。ああ聞き苦しい、水を飲め」


 杯の水が二度、飲み干された。


「……失礼いたしました。はい。ですから、何を言いたいかと申しますと。あの男は、人を見ておりません。逃げ道だけを見ております」


     *


「ファティマ殿下」


 ムフタル殿が、こちらへ向き直られた。


「十三の港に分けて置く、という話でしたが」


「はい」


「置く場所を、変えていただきたいのです」


「倉の側ではなく」


「はい。桟橋と、その手前に」


 ファティマ様は、そこで少し黙られた。


「燃えるものの上に立たせない、ということですね」


「はい。話が早くて助かります」


「ですが、ムフタル殿。それでは倉が焼けてしまうのでは」


「焼けます」


 ムフタル殿は言い切られた。


「倉は建て直せます」


 ファティマ様は、紙に何か書かれた。


 書いてから、しばらく見ておられた。


「では、順を変えることにいたしましょう」


「ええ、まさに。私も殿下にそう進言するつもりでした」


「守るものの順。人と、倉と、船と。これまでは船を先に置いておりました」


     *


 ファティマ様とムフタル殿の詰めは続いた。


「敵は、留まるものが焼けば起き上がれぬことを、知らないでしょうね」


「我々も今知ったくらいですから。そのため、知られるまでが勝負となります」


「気づくでしょうか」


「必ず気づきます。そういう男です。どんなに対策をしても、二度目までが限界と思われます」


 ムフタル殿は、そう仰った。数を言うときの声だった。


「それまでに、決着をつけるほかありませんね」


「はい」


「ムフタル殿。戦い方も変えることにいたしましょう」


     *


 ヴォルフ殿が、椅子を鳴らされた。


 この方は、卓につくといつも同じ姿勢のまま動かれない。動かれたのは、話が終わったからだと分かった。


「俺たちは作戦を遂行するだけだ。だが、なるべく減らされないように頼む」


 ファティマ様が、頭を下げられた。


「減った分を、現地調達できるなら話は別だが」


 アフメド王が、鼻から息を出された。笑ったのだと思う。


 ヴォルフ殿の軽口を、初めて耳にした。

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