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白王と黒王  作者: ブルースライム
第3章:レーヌ小国群

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第172話:量る

 王は、窓のほうを向いたままでした。


「司祭」


「はい」


「わざと怒らせたな? 狙いは何だ」


「陛下が一度、全部お捨てになるまで、待っておりました」


 王が振り向かれました。


「捨てられぬうちに申し上げれば、値の話になりますゆえ」


 司祭の声は、いつもと同じでした。教典を読み上げるときの声です。


 私は、この方が二十年、そうしてこられたのだと感じました。この声で説かれると、こちらが先に考えを終えてしまいます。


     *


 王は、椅子まで戻ってこられました。座られはしません。背もたれに手を掛けて、そのまま立っておられます。


「司祭。俺は、あの坊主が悪いなどと思っちゃいない」


「はい」


「留まるものとやらも、否定しちゃいない。ムフタルは、あれを使う気でいた。俺もそのつもりだった」


「はい」


「あの坊主が増やしてるってのも聞いてる。当たり前だ。そういう力なんだろう」


「はい」


「だがな」


 王は、そこで一度、言葉を切られました。


「問答無用で起き上がる。しかも、その版図が広がる」


     *


「それは、話が別だ」


     *


「仰るとおりにございます」


 司祭は、そう仰いました。否まれませんでした。


「同意は取っておりませぬ。取りようもございませぬ」


「取りようもない、と言ったな」


「はい。死んだ者に訊くことはできませぬ。生きているうちに訊けば、それは別のことを訊いたことになります」


 王は、その答えを少し置いておかれました。


「止められるのか」


「止まりませぬ」


「では、あの坊主を歩かせなければいい」


「歩かれます」


「歩かせるな、と言っているんだ」


「できませぬ」


「なぜだ!」


「あの方は攻めるためには歩かれませぬ。助けるためのみにございます。呼ばれた方へと、ただ歩かれるだけにございますゆえ」


     *


 海の音がしております。


「ムフタル」


「はい」


「ロルオーの件、誰が使いを出した」


「……私です」


「俺が命じたな」


「はい」


 王はベルナール司祭を見ずに仰いました。


「聖職者のくせにむかつく野郎だな、お前は」


 ムフタル殿は、水差しを引き寄せて、飲まれました。


     *


「司祭。もう一つ訊く」


「何なりと」


「あの坊主は、俺の国を取る気があるか」


「ございませぬ」


「土地は取られてる」


「力の及ぶ範囲としては、左様にございます。ですが、政の上での支配を、あの方は望んでおられませぬ」


「望んでいない、で済むか」


「済みませぬ」


 司祭は、そこで初めて目を閉じられました。


「ゆえに、望まぬ方の周りにいる者たちが何を望むかが、次の話になります」


「次、だと?」


 王は、椅子の背から手を離されました。


「お前は何をしようとしてる」


「あの方を、信仰の中心に据えとうございます」


 私は、思わず司祭の横顔を見ました。


「政を望まん男が、信仰は望むのか」


「望んでおられませぬ」


「じゃあ、なぜだ」


「だからこそにございます」


 司祭は、目を閉じたままでした。


「あの方は、救いたがっておられます。目の前で人が痛んでいるのを、放っておかれたことがございませぬ」


 私は深く頷きました。


「それだけの方にございます。私どもは、それを手伝うだけにございます。人は救われます」


     *


「それは狂信だ、司祭」


 王は、卓に片手をつかれました。


「坊主に野心がないとしよう。俺もそう思っている。だがな」


 その手が、卓の上の海図を少しだけ寄せました。寄せる必要のない紙でした。


「お前に野心がないことを、誰が証明する。お前の周りにいる連中は。次に来る司祭は」


     *


「証明はできませぬ」


 司祭は強く言い切りました。


「私は、教会の使いにございます。見つけ、判じ、処してまいりました。三十一年前にも、二十年前にも」


 その言葉を耳にして、私の中を稲妻のようなものが駆け抜けました。それはつまり、まさか。


「安全に見える者もおりました。私は、処すよう申し上げました」


「……待て、司祭!他にもいたと言うのか!」


「はい」


 ムフタル殿は口を大きく開けたままです。


 それを目にしていなければ、私も同じになっていたことでしょう。


「安全に見える者がいた。つまり、見た目は根拠にならぬ、と」


「はい。そういう者にございます」


 王は宰相から水差しを引ったくり、直接それを飲み干しました。


「わからん。お前の言いたいことがわからん!お前の言葉を聞いていると、あの坊主も危険ということになるぞ!」


「いえ。エリアス陛下は、別です」


「何を根拠に!」


「私の、信仰のすべてを懸けての言葉、とお考えください」


「危険だな」


 王は、司祭の顔を見ておられました。


「陛下の仰るとおりにございます。私は危のうございます」


「分かってて言うのか」


「はい」


「なぜ言う」


「言わずに信じていただく手を、私は持っておりませぬ」


     *


「ですから、量っていただきとうございます」


「量る」


「ドラント。ヌオモ。この先ともに歩むことになるのであれば、ウーケンも」


 司祭は、目を開けられました。


「セフォーを除く連合の国々が、私どもを量ればよろしゅうございます」


「……その首を、我らに預けるか」


「はい」


「黒と出たら」


「量った国が、処してくださればよろしゅうございます」


「司祭はこう言っている。王女殿下はどうか」


 私は、司祭を見ませんでした。


 見なくても、答えは決まっておりました。決まっていたことに、自分で少し驚きました。


「先ほど司祭は、セフォーを除く、と言いましたが」


     *


「曇りあればセフォーも立ちます。そしてセフォーが曇るなら、諸国で晴らしてくださいませ」


     *


「ドラントは知っているのか」


「ここまでの話はしておりませぬ。ただ、量っていただきたい、とはお伝えしております」


「準備のよいことだ」


     *


「陛下」


 ムフタル殿が仰いました。


「なんだ」


「連合は、単なる同盟ではございませんね。連合そのものが、機構である、と」


「……そうなるな」


「すみません、口を挟みまして。ただ、そうであれば、我が国が入る意味が変わりますので」


 ムフタル殿は、そこで言葉を切って、また水を飲まれました。


     *


 王は、窓のほうへ戻られました。外はまだ暗うございました。


「司祭」


「はい」


「一つだけ言っておく。俺は、お前を信じたわけじゃない」


「存じております」


「量る。ずっとだ。俺が退いたあともだ」


「是非とも」


     *


「明日は、人を集めることになっている」


 同じ言葉でした。


「予定どおりだ」


     *


 朝になりました。


 広間に人が入ります。ヌオモの者が多く、こちらの者は端に寄せられておりました。ヴォルフ殿とエイブラム殿が、扉のそばに立っておられます。


 陛下は、いつもどおりでした。よくお眠りになったようで、髪が片側だけ跳ねておられます。


 私は陛下の前に紙を置いて、その隅を指しました。


 陛下は、そこに印を押されました。


 木の柄のついた重い印章です。押すたびに、小さな手が跳ねました。


 アフメド王も、ご自分の紙に署名をなさいました。私もいたしました。


 陛下は字をお書きになりません。けれど、押す場所は同じでした。


     *


「エリアス王」


「はい」


「昨日、私の町をお歩きになりましたな」


「はい。歩きました」


「いかがでしたかな」


「人が多くて、声が大きくて、みんな日に焼けていました」


 陛下は、少し考えてから仰いました。


「笑い声が聞こえる場所は、大好きです」


 アフメド王は、頷かれました。それだけでした。

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