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白王と黒王  作者: ブルースライム
第1章:ヴィタリス王国 王都

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第17話:柱の印

 柱は、三階の部屋の戸口にあった。


 城の柱は太い。石ではなく、樫の柱だった。表面が黒くなるほど古かった。


 部屋の奥に、クロエさんがいた。


 椅子に座って、壁のほうを向いている。城に来てから、この人はほとんどその姿勢のままだ。食事は作る。私が礼を言うと、少しだけ首を動かす。それ以外のことは、ほとんどしない。


「クロエさん」


 私が声をかけると、肩がわずかに動いた。


「リゼットの背を測ります。よかったら、見てください」


 返事はなかった。


 リゼットは、言われる前に柱の前に立った。踵をつけて、背中をまっすぐにした。


「動くなよ」


 ジャンさんは屈んで、この子の頭に手のひらを当てた。手のひらを水平にして、柱に押しつけた。それから小刀を出して、その位置に横線を刻んだ。


 小刀が樫に入る前に、私はもう一度、部屋の奥を見た。


 クロエさんが、こちらを向いていた。


 身体は壁のほうを向いたまま、顔だけを回していた。目は開いていた。柱を見ている目だった。


 小刀が動いた。


 浅い線が一本、樫の表面に入った。


 クロエさんは、また壁のほうへ向き直った。


「終わったぞ」


 リゼットが振り返って、その線を見た。背伸びをして、指で触った。


「ひくい」


「そんなもんだ」


「もっと高いと思った」


「六つはそんなもんだ」


 ジャンさんは小刀を仕舞った。


 私はその線を見ていた。私の腰の高さより、拳三つぶんほど低かった。


「あと、これくらいですね」


 私は自分の腰に手を当てて言った。


「これくらい伸びたら、森に行こう」


「どのくらいかかる?」


「三年か、四年かな」


 私は言った。村の子は一年で拳一つぶんくらい伸びる。ピエールは去年、急に背が伸びて、母親が驚いていた。


「じゃあ、また測ろう」


「うん」


「来年の今ごろに。それから、そのまた次の年にも」


 リゼットはうなずいた。


 三年か四年と聞いて、この子は文句を言わなかった。


 村の子なら必ず言う。三年は、六つの子にとって半分の生涯だ。ピエールなどは、明日と言われても長いと言って地面に転がる。


 リゼットは、うなずいただけだった。


     *


 そのあと、私は少しのあいだ、その線を見ていた。


 妙なことが一つあった。


 この子は、背伸びをしなかった。


 村の子供は必ずする。柱の前に立たされると、誰でも踵を上げる。少しでも高く刻んでもらいたいからだ。ピエールなどは首まで伸ばして、そのたびにジャンさんに叱られていた。


 リゼットは、踵をつけたままだった。言われる前から、そうしていた。


 正直な子だ、と私は思った。


 嘘をつく理由がないからだろう。三年か四年待てば、どうせその高さになる。急いで刻んでもらう意味がない。


 六つの子にしては、ずいぶん落ち着いている。


     *


 夕食のとき、私は一人で食べた。


 いつもそうだ。長い卓の端に一人分の皿が置かれ、十人が立って見ている。私は半分残す。残したものがどうなるかは、いまだに聞いていない。


 その日は、ジャンさんが焼いたパンが出た。


 硬いところを取っておいてくれたのだと、給仕の者が言った。私はそれを食べた。村で食べたのと同じ味だった。


 あの人は毎朝、籠にいっぱい焼く。そのうちの一つから硬いところだけを取り分けて、私のために別にしておく。村でしていたことと同じだ。


 残りがどこへ行くのかは、やはり聞かなかった。


 聞けば、余っていることを知ってしまう気がした。


 食べながら、私は嬉しくなっていた。


 柱に線が一本入った。あの線は増えていく。二本になり、三本になり、そのうち私の腰の高さに届く。届いたら、あの子を森へ連れていく。


 鹿を見せてやろう。栗の落ちる場所も教えよう。雨の日に、雨の音だけを聞く日も作ろう。


 そのころには、私はもう少し王という仕事に慣れているだろうし、リゼットはもう少し話が上手になっているだろう。


 三年か四年など、すぐだ。


     *


 夜、部屋へ戻る途中だった。


 三階の廊下に、灯りがついていた。


 ジャンさんが立っていた。


 柱の前だった。手には何も持っていない。ただ、そこに立って、昼に刻んだ線を見ていた。


「ジャンさん」


 声をかけると、その人は顔を上げた。


「エリアス」


「何かありましたか」


「いや」


「線が、曲がっていましたか」


「曲がってねえ」


 ジャンさんは言った。


「見てるだけだ」


 私は隣に立った。


 線は真っ直ぐだった。二十年パンを焼いてきた手が刻んだのだから、当然かもしれない。


「村の家にも、あったんですよね」


「柱にか」


「はい」


「あった」


「何本くらい」


 ジャンさんは、少し黙った。


「十一本」


「十一」


「生まれた日から、半年ごとに刻んだ。あいつが嫌がるようになってからは、年に一回だ」


 私は数えてみた。六つの子で十一本なら、そのくらいになる。


「見たかったです」


「焼けた」


 ジャンさんは言った。


 私は何と言えばいいのか分からなかった。あの家は、兵が火をつけた。窯も、台も、床に並べたパンも、全部燃えた。柱もだ。


「ここに、また増やしましょう」


 私は言った。


「十一本ぶんは戻りませんけど、また一本目から。二本目は来年です」


 ジャンさんは、線を見たままだった。


「そうだな」


 しばらくして、そう言った。


「そうだな」


 もう一度言った。


 私はその横顔を見た。何か言いたいことがあるように見えた。けれどこの人は、いつもそういう顔をしている。娘のことを話すとき、この人は必ずそういう顔になる。


「おやすみなさい」


「ああ」


 私は自分の部屋へ戻った。


 途中で一度、振り返った。


 ジャンさんはまだ柱の前にいた。同じ場所に、同じ姿勢で立っていた。


 廊下の灯りは、朝まで消えなかった。

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