第16話:大きくなったら
リゼットは、私についてまわるようになった。
朝、執務室に入ると、いつのまにか卓の脇に立っている。私が印を押すのを見ている。飽きないのかと聞くと、飽きないと言う。
昼に城を出るときも、ついてくる。石畳を歩くのは足に来るだろうと思って、途中で背負おうとした。断られた。
「へいき」
「疲れない?」
「うん」
六つの子が半日歩いて疲れないというのは、たいしたものだと思った。村の道より石畳のほうが硬い。私は夕方には足の裏が痛くなる。
夜は、ジャンさんとクロエさんと同じ部屋で寝ている。城の三階に、三人で使う部屋をもらった。私が朝そこを通ると、リゼットはもう起きていて、廊下に出ている。
「早いね」
「うん」
いつも同じ返事をする。
一度、ピエールと遊んでおいでと言ったことがある。
城には子供が何人かいるし、ピエールは朝から晩まで走っている。同じ年ごろの相手と遊んだほうが楽しいだろうと思った。
リゼットは行った。
そして、半刻ほどで戻ってきた。
「もう終わったの」
「うん」
「何をしたの」
「走った」
「楽しかった?」
リゼットは少し考えて、うなずいた。
それから、私の袖を掴んだ。もう行かない、という意味だと分かった。
私は無理に勧めなかった。この子は昔から、大勢の中にいるより、誰か一人の隣にいるほうが好きだった。村でも、走り回るより、私の膝の上で話を聞いているほうが長かった。
*
城に来て、十日ほどが過ぎた。
その日は雨で、私は執務を早く切り上げた。書類は減らない。アンリさんが四十年ぶんの山を毎日少しずつ出してくるからだ。
窓の外を見ていたら、リゼットが袖を引いた。
「森の話して」
「またその話」
「うん」
私は椅子に座って、この子を膝に乗せた。村の井戸端でしていたのと同じようにした。
話すことは大して増えていない。鹿を見た。栗が落ちていた。雨の日に、雨の音だけを一日聞いていた。
話しながら、私はふと思い出した。
「そういえば」
「なあに」
「約束したよね」
リゼットが顔を上げた。
「大きくなったら、森に連れていくって」
*
その約束をしたのは、病が来る前だった。
七日に一度、私は村へ降りる。あの日もそうだった。村の入口でマルグリット婆さんにタイムを渡して、広場でジャンさんに焼きたての端をもらって、それから井戸の縁でこの子を膝に乗せた。
森の話をした。鹿の話だったと思う。
話し終えると、この子は言った。
あたしも森に行きたい。
危ないよ、と私は言った。エリアスは行ってるじゃない、と返された。私は慣れているからだと答えた。
この子は膨れて、私の袖を引っ張った。
それから思い出したように顔を上げて、じゃあ、おっきくなったら連れてって、と言った。
いいよ、と私は答えた。大きくなったらね、と。
あれから、ふた月も経っていない。
いろいろなことがあった。病が来て、村が壊れて、兵が来て、私は王になった。約束のことなど、思い出す間もなかった。
「覚えてる?」
「おぼえてる」
リゼットは言った。
「いつ?」
「もう少し、大きくなったらね」
「もうおっきい」
「まだ小さいよ」
私は笑った。
「森は道が悪いんだ。倒れた木を跨いだり、沢を渡ったりする。私の腰くらいまで背が伸びたら、連れていってあげる」
リゼットは私の腰を見た。それから自分の頭に手を置いて、二つの高さを見比べた。
「まだ?」
「まだ」
「どのくらい?」
私は少し考えた。
そして、いいことを思いついた。
*
「柱に印をつけよう」
「しるし」
「背の高さを刻むんだ。そうしたら、どのくらい伸びたか分かる」
私は立ち上がった。
村では、どこの家でもやっていた。子供の背を戸口の柱に刻む。年に一度か二度、親が刻む。刻みが増えていくのを、子供は自分の手柄みたいに自慢する。
「ジャンさんを呼んでこよう」
「とうさん?」
「あの人が刻んだほうがいい」
*
ジャンさんは、城の厨房にいた。
誰も食べないのに、この人は毎朝パンを焼いている。城には料理人が十四人いるが、窯を使うのはこの人だけになった。焼いたパンは籠に入れて、朝のうちに配られる。どこへ配られるのかを、私は聞いていない。
「ジャンさん」
「陛下」
「その呼び方はやめてください」
「エリアス」
この人だけは、私が頼めばそう呼んでくれる。
「リゼットの背を測りたいんです。柱に刻もうと思って」
ジャンさんの手が止まった。
生地を台に置いたまま、しばらく動かなかった。
「ジャンさん」
「ああ」
「駄目でしょうか」
「駄目じゃねえ」
ジャンさんは手についた粉を前掛けで拭った。
「小刀を取ってくる」




