第169話:役に立ちましたか
アフメド王のイメージイラストを後書きに追加しました。
「エリアス陛下、足元に気をつけてお越しください。絶景ですよ」
ファティマさんの言う通り、注意して進む。
道が下って、木がなくなって、そこで止まった。
水だ。
向こうの端が見えない。
森は、どこかで終わる。歩けば向こうへ出る。
これは、終わりが見えない。ドナートさんが言っていた通りだった。
風が来て匂いがした。知っている匂いだと思ってから、思い出した。
セシルさんの薬と、同じ匂いだ。
しょっぱい匂い。
*
振り返ると、道の後ろのほうまで人が続いていた。
馬車が何台かと、兵士がたくさん。ファティマさんが決めてくれた。
「他所の国へ伺うのですから」
そう言っていた。にぎやかで楽しい。
馬車には乗らずに歩く。ファティマさんも一緒に歩いてくれる。
前のほうに、エイブラムさんとヴォルフさん。
少し後ろに、ライアンさんとセヴィさんとディエゴさんがいた。
*
城は、町の上にあった。港というらしい。
道が、その町のなかを通っている。
船がたくさん見えた。数えようと思ったが、途中で分からなくなった。
人が多い。声も大きい。みんな、よく日に焼けている。
私たちが通ると、道を空けてくれた。それから、こちらを見た。
珍しいのだろうと思った。私は背が低いし、肌も白いから。
*
城に入って、大きい部屋で待っていた。
部屋には、私とファティマさんと、エイブラムさんとヴォルフさんの四人。
ディエゴさんたちは、外で待っている。
*
大きい人が来た。
背が高くて、肩が広くて、腕が私の脚くらいある。
「ヴィタリス王、エリアス陛下であられますかな」
「はい。エリアスといいます」
「そして、セフォー王の名代、ファティマ殿下」
「お目にかかれて光栄に存じます」
「ヌオモ王、アフメド・ファルバンと申します」
アフメドさんは、私の顔をしばらく見た。
それから、笑った。
「あっはっはっ! おっと、これは失礼を」
「あの」
「若いとは伺っていたものの、ここまでお若いとは思わなかったもので」
*
次に案内された部屋は、窓から海が見えた。
アフメドさんは、いろいろなことを聞いてきた。
村のこと。森のこと。薬草のこと。冬に何を食べていたか。
私は答えた。答えられることばかりだったので、話していて楽しかった。
*
「エリアス王。字を読まれますか」
「読めません」
「左様ですか」
それだけだった。
アフメドさんは、次の話に移った。
*
「ロルオーのことは、お聞き及びでしょうか」
「船を襲われていると聞きました」
「左様。去年から、船が十七」
十七。
私は、それをうまく思い描けなかった。その船がどのくらいの大きさかも、まだ分かっていない。
「人は」
「その何倍かに」
「痛かったでしょうね」
アフメドさんは、そこで黙った。
笑っていた顔のままで、少しのあいだ、何も言わなかった。
変なことを言ってしまったのかと思った。
*
「大丈夫です。私が助けます」
*
紙が出てきた。まだ下書きだという。
ファティマさんが読んでくれた。私は字が読めないので、いつもそうしてもらう。
セフォーとヴィタリスとヌオモが、仲良くする。あとで替えたりしない。
そういうことだと思った。
*
「一つ、伺ってもよろしいか」
アフメドさんが言った。
「ヌオモは少し不思議な国です。王は世襲ではなく投票で決まります。その任期は六年」
難しくてよく分からないけれど、不思議なんだ、と思った。
ファティマさんは『存じ上げております』と答えた。
「しかし六年で終わる話にするつもりはございません。私がいなくなっても続く。そうした関係を築きたいと考えています、それでよろしいでしょうか」
これなら答えられる、と思った。
「はい」
「即答、ですか」
「仲良くするのに、終わりを決めるのは変なので」
アフメドさんは、また笑った。
さっきより長く笑った。
*
「では、正式な調印は明日に」
「はい」
「人を集め、皆の前で、押すことといたしましょう」
明日も、海が見られる。
*
紙が片づけられると、アフメドさんは椅子に深く座り直した。
「よし。堅苦しいのは、ここまでだ。おい、冷たい飲み物。そしてそうだな、甘味として果物を持ってこい」
お手伝いの人が頭を下げて部屋を出ていった。
ファティマさんが吹き出してから声をかけた
「そちらが素のお姿、ということですのね」
「おう、そうだ。今はただの、アフメドだ」
話し方が変わった。
村でもそうだった。仕事のあいだは丁寧でも、市の日だけ言葉つきが変わる人がいた。
「うちの宰相は今、胃痛で寝込んでる。後で引きずってくるから、よろしくしてやってくれ」
病気。それは大変だ。
「私が見てみましょうか」
「いや、あいつの胃痛は『夜になったから眠い』くらいのものよ。だが気遣い、礼を言う」
この人は、良い人だ。
*
外へ出ると、日が傾いていた。
海の色が、来たときと変わっている。
「ファティマさん」
「はい、陛下」
「私、役に立ちましたか」
「勿論です」
*
よかった。




