第167話:海が要ります
私たちは西へ向かう支度をしていた。
ヌオモという、レーヌ最西端に位置する王国から使者が来たのが発端だった。
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セフォー王国、そしてヴィタリス王国との友好条約締結を望む。なお、この条約は一時的なものにあらず。
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そこには相談が一つ付いていた、と聞かされた。
隣国ロルオー王国の海賊を、何とかしてほしいという。ロルオーは国として海賊を雇っており、ヌオモの港と船を襲い続けているのだそうだ。
ファティマ様は『行く』と即断された。
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私の所属は、いまもロロアでありセフォーだ。
ただし配属が変わった。ヴィタリスになった。
セヴィが正式にソルを離れ、ヴィタリスに移ったからで、私はそれに付く形になった。
「おい真面目。ヌーノを見なかったか」
今話しかけてきたディエゴと、『留まるもの』のヌーノもだ。
「ヴィタリスから荷が着いたようで、荷下ろしに駆り出されていたようだが」
「ああ、それは適任だな」
手に持っていた杯をグッとあおってからぼやく。
まさかそれ、酒じゃないよな?
「ドラントの俺がヴィタリス軍の一員とはなぁ。まったく慣れやしねぇ」
「それは私も同じだよ」
もっとも、変わったのは紙の上だけの話とも言える。
エリアス陛下はこれまで通りセフォーと共に動いておられるので、私たちのいる場所はこれまでと何も変わらない。
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『一緒にヌーノを探せ』と、ディエゴに半ば引きずられるように、ヴィタリスからの荷を見に行った。
樽を積んだ荷車が七台。
その中に、見慣れない人の姿があった。
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「セシルと申します」
紙の束を抱えた、とても落ち着いた様子の女性だった。ヴィタリスの医官だろうか。武官には見えない。
そこへエリアス陛下が来られた。
「セシルさん」
「陛下。半年ぶりにございます」
「お変わりありませんか」
「ございません」
セシルと呼ばれたその人は、優しい微笑みを浮かべた。
ディエゴがエリアス陛下に声をかける。気安い。いつものことだが。
「なあ、ちっちゃい陛下」
「はい」
「あんた、ヴィタリスに帰らねぇのか」
エリアス陛下は少し困った顔をして仰られた。
「都にはアンリさんとヴァレリーさんがいるので。私がいても、お仕事の役にたたないんです」
「そのアンリさんとヴァレリーさんってのは誰だ?」
「元王様と宰相です」
「面倒事はお偉いさんに任せて旅を楽しんでる、ってわけだ。まぁ無理に背伸びしないほうがいいぞ、周りも迷惑するからな」
おい口が過ぎるぞ、と注意する。エリアス陛下は笑っておられた。
「そうですね。私には私にしかできないことがあるので。旅をして、たくさんの人を助けたいです」
セシル殿が微笑みを浮かべたままで声をかけた。
「陛下はそれでよろしゅうございます」
そしてその表情のまま、優しい口調で、こう続けた。
「ちょうど新薬の実験をしてみたい、と思っていたところでして。そこの無礼者で試してもよろしいでしょうか。ご安心ください、死ぬようなことはございません」
ディエゴは逃げた。
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セシル殿は慣れた手つきで荷の手配を始めた。
樽を開け、『留まるもの』を列に並ばせて、順に施していく。
中身は油のように見えた。塩の匂いがする。
『留まるもの』の肩、首、手の甲に塗る。腕まくりをさせて、肘から先にも塗る。最後に顔だ。
塗られた者は、特に何も変わっていないように見えた。
塗り終えた者から列を離れ、別のものが前に詰める。油の匂いが、風下に溜まっていった。
「これは、効いているのですか」
私が聞くと、セシル殿は見ていた紙から視線を外すことなく答えた。
「効いております」
「無知で恐縮ながら、変わっているように見えないのですが」
「変わらないのが、効いているということです」
「傷は癒えるのでしょうか」
「いえ、傷は治りません」
「痛みは」
「残念ながら変わりません」
「では、何を止めているのですか」
「乾きです」
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私は、ヴォルフ殿の兵のことを思い出した。
ヴォルフ殿に最初から付き従っていた黒衣の兵士たち。このところ仮面を付けることが多くなっていた。
塗らなければ乾く、ということか。
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私が問う前に、回答が先に来た。
「三ヶ月に一度、定期的に塗る必要があります」
父上やカルロス陛下が塗っていたことを思い出した。
私は、樽を数えた。荷車七台ぶんある。列は、それより長かった。
「薬は増やせないのですか」
「人手は足りております。ヴィタリスには、二十万人おりますので」
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「ですが、材料が足りません。海が要ります」
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私は、荷車のほうを見た。
それから、西の方角に目をやった。
ヌオモ王国には、大きな港が幾つもあるという。




