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白王と黒王  作者: ブルースライム
第3章:レーヌ小国群

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第167話:海が要ります

 私たちは西へ向かう支度をしていた。


 ヌオモという、レーヌ最西端に位置する王国から使者が来たのが発端だった。


     *


 セフォー王国、そしてヴィタリス王国との友好条約締結を望む。なお、この条約は一時的なものにあらず。


     *


 そこには相談が一つ付いていた、と聞かされた。


 隣国ロルオー王国の海賊を、何とかしてほしいという。ロルオーは国として海賊を雇っており、ヌオモの港と船を襲い続けているのだそうだ。


 ファティマ様は『行く』と即断された。


     *


 私の所属は、いまもロロアでありセフォーだ。


 ただし配属が変わった。ヴィタリスになった。


 セヴィが正式にソルを離れ、ヴィタリスに移ったからで、私はそれに付く形になった。


「おい真面目。ヌーノを見なかったか」


 今話しかけてきたディエゴと、『留まるもの』のヌーノもだ。


「ヴィタリスから荷が着いたようで、荷下ろしに駆り出されていたようだが」


「ああ、それは適任だな」


 手に持っていた杯をグッとあおってからぼやく。


 まさかそれ、酒じゃないよな?


「ドラントの俺がヴィタリス軍の一員とはなぁ。まったく慣れやしねぇ」


「それは私も同じだよ」


 もっとも、変わったのは紙の上だけの話とも言える。


 エリアス陛下はこれまで通りセフォーと共に動いておられるので、私たちのいる場所はこれまでと何も変わらない。


     *


 『一緒にヌーノを探せ』と、ディエゴに半ば引きずられるように、ヴィタリスからの荷を見に行った。


 樽を積んだ荷車が七台。


 その中に、見慣れない人の姿があった。


     *


「セシルと申します」


 紙の束を抱えた、とても落ち着いた様子の女性だった。ヴィタリスの医官だろうか。武官には見えない。


 そこへエリアス陛下が来られた。


「セシルさん」


「陛下。半年ぶりにございます」


「お変わりありませんか」


「ございません」


 セシルと呼ばれたその人は、優しい微笑みを浮かべた。


 ディエゴがエリアス陛下に声をかける。気安い。いつものことだが。


「なあ、ちっちゃい陛下」


「はい」


「あんた、ヴィタリスに帰らねぇのか」


 エリアス陛下は少し困った顔をして仰られた。


「都にはアンリさんとヴァレリーさんがいるので。私がいても、お仕事の役にたたないんです」


「そのアンリさんとヴァレリーさんってのは誰だ?」


「元王様と宰相です」


「面倒事はお偉いさんに任せて旅を楽しんでる、ってわけだ。まぁ無理に背伸びしないほうがいいぞ、周りも迷惑するからな」


 おい口が過ぎるぞ、と注意する。エリアス陛下は笑っておられた。


「そうですね。私には私にしかできないことがあるので。旅をして、たくさんの人を助けたいです」


 セシル殿が微笑みを浮かべたままで声をかけた。


「陛下はそれでよろしゅうございます」


 そしてその表情のまま、優しい口調で、こう続けた。


「ちょうど新薬の実験をしてみたい、と思っていたところでして。そこの無礼者で試してもよろしいでしょうか。ご安心ください、死ぬようなことはございません」


 ディエゴは逃げた。


     *


 セシル殿は慣れた手つきで荷の手配を始めた。


 樽を開け、『留まるもの』を列に並ばせて、順に施していく。


 中身は油のように見えた。塩の匂いがする。


 『留まるもの』の肩、首、手の甲に塗る。腕まくりをさせて、肘から先にも塗る。最後に顔だ。


 塗られた者は、特に何も変わっていないように見えた。


 塗り終えた者から列を離れ、別のものが前に詰める。油の匂いが、風下に溜まっていった。


「これは、効いているのですか」


 私が聞くと、セシル殿は見ていた紙から視線を外すことなく答えた。


「効いております」


「無知で恐縮ながら、変わっているように見えないのですが」


「変わらないのが、効いているということです」


「傷は癒えるのでしょうか」


「いえ、傷は治りません」


「痛みは」


「残念ながら変わりません」


「では、何を止めているのですか」


「乾きです」


     *


 私は、ヴォルフ殿の兵のことを思い出した。


 ヴォルフ殿に最初から付き従っていた黒衣の兵士たち。このところ仮面を付けることが多くなっていた。


 塗らなければ乾く、ということか。


     *


 私が問う前に、回答が先に来た。


「三ヶ月に一度、定期的に塗る必要があります」


 父上やカルロス陛下が塗っていたことを思い出した。


 私は、樽を数えた。荷車七台ぶんある。列は、それより長かった。


「薬は増やせないのですか」


「人手は足りております。ヴィタリスには、二十万人おりますので」


     *


「ですが、材料が足りません。海が要ります」


     *


 私は、荷車のほうを見た。


 それから、西の方角に目をやった。


 ヌオモ王国には、大きな港が幾つもあるという。

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