第165話(幕間):行ってねぇっす
南から書付が上がった。
商業都市連邦を回ってきたものである。西の報せは、みなあの道を通る。
アイゼンヴァルトに港はないので、他に通しようがない。
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「読め」
メルダースが開いた。
「レーヌ小国群、セフォー王国。ヴィタリス王の来訪あり」
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私は筆を置いた。
「もう一度」
「ヴィタリス王の来訪あり」
封じてある国だ。出てきた者は焼く決まりで、そう決めたのは私だ。
その王が、国を出た。
しかも、焼く決まりのほうを通らずに出た、という皮肉な話だ。
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黒王と書かれた文が来たことがある。境を越えたるものと思われ候、とあった。
誰が呼び始めたのかは、いまも分からぬ。
あれは境の話だった。
これは、遠い国の館に上がったという話である。
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「続けよ」
「ドラント王国およびガーレン王国、セフォーに圧迫を加えており、開戦は近しと見ゆ」
「それだけか」
「それだけにございます」
「日付は」
「入っておりません。連邦の写しが二度入っておりますので、早くて三十日、遅ければ五十日かと」
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開戦は近し、と書いてある。
いま何が起きているかは、この紙のどこにも書かれていない。
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「斥候を出す。南から回せ」
「どの程度でございましょう」
「戻らぬ者を勘定に入れて、なお足りる数だ」
「承知いたしました」
メルダースは書きながら聞いていた。
この者は、聞き終えてから書くということをしない。命じていない控を作る者である。命じたものは、それより早く上がる。
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「レーヌを見た者はいるか」
メルダースが控をめくった。めくる前に答えの出ている顔をしていた。
「旗本のブリッツ殿が、三年前に傭兵として入っておられます」
「呼べ」
「二月と三月、呼び出しを出しておりません」
「だから呼べと言っている」
卓に地図を広げさせた。
三年前に写させた一枚である。西と南が海で切れていて、東の端だけが紙で終わっている。帝国は一枚に収まらぬので、そういう描き方になる。
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ブリッツは四半刻で来た。
大剣の腕前はアイゼンヴァルト、いや、大陸随一かもしれん。
個でありながら戦局を変えるほどの戦闘力を持ち、戦場を無人の野のごとく駆ける。付いた異名は『迅雷』。
走ってきたらしく、息が上がっている。
「お呼びで!」
「レーヌにいたな」
「三年前っす」
「城が七つあると聞いている」
「ありましたねー。王も七人。全員、隣を嫌ってましたよ」
「一つずつ言え」
「えっ、全部っすか」
「全部だ」
「じゃあ、内地のほうから。セフォー。弱いっす」
「弱い」
「はい。ただ一人、厄介なのがいました。領主なんですけど、やたら強くて。あれは当たりたくなかったっす」
「名は」
「聞いてないっす。旗しか見てないんで」
この男は、名を覚えずに三年前の西を渡ってきた。旗の形と、雇い主が渋るかどうかで土地を分ける。
「ドラント。武の国っすね。兵の練度がピカイチで。あそことやり合うのは、正直しんどかったです」
「ガーレン。嫌なやつらでした。安く雇っといて、あとから値切ってくるんすよ。二度と行かねぇって言いました」
書付に名のある二国と、同じ二つだった。
三年前から、同じ相手が同じ国を削っている。それだけの土地に、ヴィタリスの王が上がった。
「ヌオモ。いちばん西の端です。でかい港を幾つも持ってて、活気がありましたねー」
「ロルオー。同じく海っぺりで。海賊を国が雇ってて、ヌオモとやり合ってました」
「ダウス。南寄りで、連邦との商いが盛んっす。内地の国はダウスに頭が上がらない感じでしたね。関税だの通行料だので」
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海の側に二つ、南に一つ、内地に三つ。
どれも遠い。遠いということは、こちらの兵が行けぬということである。斥候であれば行ける。
メルダースが、紙に国の名を縦に書いていた。ブリッツが喋る端から、下に足していく。
三年前に写させた紙の横で、三年前を見てきた男が喋っている。
「ウーケン」
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「行ってねぇっす」
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「なぜだ」
「山の中で、遠いんすよ。道も険しくて。あと寒い」
ブリッツは頭を掻いた。
「あそこは他所と付き合いがないんで、戦がないんです。戦がないと、俺らは呼ばれないんで」
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「三年前っすからね。いまはどうだか、俺も知らないっす」
ブリッツはそう言って、地図を覗き込んだ。しばらく見てから、指を海のほうへ滑らせて、そこで止めた。
「このへんに、もう一つ島があった気がするんすけど」
「無い」
「無いっすか」
「その紙にはな」
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「下がってよい」
「へい!」
ブリッツは出ていった。来たときと同じ速さだった。
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紙には、名が七つ並んでいる。
字が続かぬものが、一つある。
「書き足すな」
「は」
「行った者がおらぬ、と書け」
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メルダースは、そう書いた。




